作品

概要

作者エイレイ
作品名ハルメタ7!『月下のグレイブディガー(中)』
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2009-08-05 (水) 14:40:04

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 
 
 

  主人公だから最後まで生き延びるのではない。
  最後まで生き延びた者が主人公の地位を得る。

 

  そんなこと言うヒマがある間に逃げたほうがいい。両手両足が自由で、凶悪な犯罪者(?)との距離が多少は離れていて、更にその犯罪者がチェーンソーだなんて何故かテキサス州というアメリカの地名を思い出させる武器を持っているのならなおさらだ。
  だが、そうなら何故俺は自分でもみっともなく足をすくませて立ち呆けているのか? 答えは単純明快、

 

  動けないのである。

 
 

■1

 

「とりあえず退きましょう。逃げるが勝ちです。長門さん、突破口をお願いします」

 

  落ち着いてはいるがどこか上ずっているような超能力者の声で俺は正気に戻った。そうだ、そっちの方が先決だ。まだ生きているんだから、生き残るための行動を起こすべきだ。

 

「アラストルッ!」

 

  古泉の意味不明な叫び声(えっと、ギリシャ語で復讐って意味だっけ)とともに、例のレッドボールが大貫さんの目前に向かって投擲された。が、チェーンソーの一振るいであえなく一刀両断。しかし大貫さんの気が逸れた瞬間に長門は俺の制服の襟足をノートの時のように引っつかみ、ドアの蝶番を89式の3点バーストでぶっ壊して蹴っ飛ばした。長門、意味も無いのに自由を奪わないでくれ。ハルヒじゃないんだからさ。

 

「とりあえず第一段階はクリアですね」

 

  俺達に続いて古泉も部屋を出てきた。部屋の中から轟く大貫さんのうなり声が、三人の鼓膜を震わせる。隣で走っている長門が肩のスリングをかけ直しながら、さも申し訳無さそうに俺の顔を見てきた。そう思ってるなら、お前(ら、と複数形でもいいか)は今後の活動を呼吸して飯食って本を読むだけに限定しろ。俺はお前を土の下で眠らせるためにシャベルを探すべきか、本気で悩んでいるのだから。園芸部の備品が生徒玄関脇のロッカーに入れてあったかな。

 

「あらかじめ、大貫善治氏についてあなたの知る限りの情報を教えてほしい。情報を共有したい」
「鶴屋校長は『人間じゃない』とおっしゃった。俺がここに留まっていたのは、大貫さんを怒らせないようにするためだったんだ。校長のポケットマネーで直すから物的被害はどれだけでも出してもいいが、人的被害をゼロにするため大貫さんを外に出すなということだ。……何もかも終わりだが」
「なんですって?」

 

  さすがに驚いている古泉の顔が、事実を確かめたがっている。ああ、鶴屋校長いわく、大貫さんは『世界最強の用務員』だ。宇宙人、未来人、異世界人、超能力者とどっちがいい?

 

「困りましたね……そうだ、いっそのこと涼宮さんを怒らせて、大貫さんのいない新世界でも創造してもらいましょうか」

 

  それは名案だ。一票入れて、多数決で強硬可決してもいい。で長門、まじめな話、大貫さんをどうやって倒せばいいと思う?

 

「あっさりボツですか。なかなかのアイディアだと思ったんですけどね」
「大貫善治氏の言が正しければ数年前の事件において、散弾地雷……おそらくクレイモアが使われたらしい。クレイモアならグラウンド以外、校内の所々にも安全な状態で保管してある」
「例えば?」
「そこの掃除用具入れの裏。壁を掘削して、四個入れておいた」

 

  あれ、おかしいなあ。俺の記憶違いかなあ。若年性健忘症かなあ。嫌だなあ。

 

「俺に言われて、撤去したってのは?」
「あなたが指定したのはグラウンドの地雷。ここは校舎内。それに鶴屋校長が、どれだけ壊してもいいと言っていたとあなたが教えてくれた」
「なるほど、とんち問答ですか。さすがは長門さんです。校舎なんか飾り、都庁の偉い人にはそれが分からないのでしょうね」

 

  古泉が長門の肩を持った。……鶴屋校長、陣代高校はとっくの昔から破壊されているようです。

 

「場合が場合だ。とっちめるのは後にするから、すぐに使おう。ありがたいことに大貫さんはまだ部屋の中だ。敷設するには十分時間がある」

 

  俺が掃除用具入れをどかすと、長門は壁に埋設された金庫の番号を解除した。その中では確かに、くすんだ緑色の弁当箱の形をしたような対人地雷、M18クレイモアが堂々と存在していた。さっそく金庫から四個もの地雷を取り出した長門が茶色のケーブルとパソコンのマウス程度の大きさをした物体を取り出して、クレイモア本体のスタンドをどこで習ったのか手際よく組み立てた。一瞬こちらを振り向いた白磁のような顔が、

 

「リモコン信管を取り付ける。設置したら16メートル以上離れて」
「分かった」
「了解しました。FRONT TOWARD ENEMY……この面を敵に向けるべし、ですか」

 

  バスケットボールほどの大きさの小球をもてあそび、ややリラックスしている古泉が使い方の説明をした後、恐ろしいことを言った。

 

「部屋を出てきましたよ……大貫さんが」
「設置完了。すぐに退避」

 

  左右に一組ずつ、計四本のスタンドで立つクレイモアの群れを前に、大貫さんが街へ上陸した怪獣のように歩く。その形相は人間のものとは思えない。心構え無しで下手に直視したら、石にされるんじゃないだろうか。鏡の持ち合わせは無いから気をつけないといけないな。
  俺達は言われたとおりクレイモアから離れた。ケーブルの付いたマウスもどき(起爆装置だろうね)四個セットを俺に押し付けた長門は消火栓の扉を開いて、

 

「あなたが押して。わたしは援護する。タイミングはこちらから指示する」

 

  はて、俺の目はそろそろおかしいようだ。消火栓の内側からレールがスライドしてきて、トライポッド(三脚架)に据え付けられた重機関銃、M2ブローニングが出てくるなんてね。まあ戦力になるからよしとしよう。
  一気に射撃準備を整えた長門の指がトリガーを引き、仰角を取った銃身から迸るベルト給弾式の12.7ミリ弾の群れがターゲット――大貫さんに殺到する。だが、チェーンソーを持っていない左手を前にかざした大貫さんはまるで「無駄だ」というオーラを全身から噴き出しているようで……。
  トンカチで釘を打つような音が十数回、戦場と化した夜の学校に木霊する。そして押しつぶされたように形を変えた12.7ミリ弾が大貫さんの足元にカランカランと高い音を奏でて落ちていく。
  あれ? ってことはもしかして……。

 

「効果無し?」
「……押して」
「ポチッとな!」

 

  迷子になった子供のような声音をした長門の意を汲んで、俺は恐怖を振り切る気迫で四個の起爆スイッチを押した。出番を今か今かと待っていたクレイモアが炸裂して廊下に七百個の鉄球と猛烈な爆音、それに硝煙を撒き散らし、大貫さんの姿を見えなくした。やったか?

 

  だが。

 

  なんてこった。煙の中から現れたのは、歯(刃でもいいぞ)を剥き出しにしてニイイと笑い、人差し指をまるで錘を先端に置いたメトロノームのようにゆっくりと動かす大貫さんの姿だった。おい、逃げるぞ。

 

「……冗談でしょう? あんな爆発の中を……」

 

  古泉が整った顔を青くして戯言のように呟く。驚きに目を見開いた長門も感化されたようにその場を動かない。俺は恥ずかしいとかそういう問題を大分抜きにして長門の手を引っ張った。ちなみに柔らかかった。ありきたりな表現で申し訳ないが、白魚のような手だった。

 

「……おかしい。効いていない。数年前はクレイモアで無力化されたらしいのに、どうして……」

 

  俺だって疑問だ。何だって地雷や弾丸に耐えられ……もしかして? 確かめたくも、信じたくも、ましてや考えたくも無い話だが、まさか。長門、パン屋事件の直前、現代国語の教師がした話を覚えてるか?

 

「覚えている。……そんな」

 

  長門の表情が一気に、驚愕そのものに変化する。何らかの比喩を持ち出すのさえもどかしくなるぐらいに。ああ、そういうことだろう。

 
 

  生物は進化する。より速く、より高く、より強く。

 
 

「……数年前の事件とやらが引き金になったんだろうな。少なくとも、クレイモア程度じゃあ歯が立たんってことだ」
「なるほど、つまりはより強力な力が必要と言うわけですか?」

 

  古泉が割り込んできた。ああ。長門、あの装甲パトカーを破壊した時のバズーカはあるか?

 

「……ある。あれはミサイル。01(マルヒト)式軽対戦車誘導弾。……けど使えない」

 

  何でだ。

 

「01式は赤外線誘導……、つまり赤外線を発する物体じゃないと捕捉できない。パトカーの時はアイドリングされていたため、熱を持ったエンジンへ誘導された」
「人間の体温ぐらいじゃ無理ってことか」
「周囲とある程度の温度差が必要。夜とはいえ、夏の高い気温の中では困難」

 

  対戦車ミサイルで人間を狙うというのがそもそも間違っているが、あれは人ならざる生物だ。赤外線か。太陽に機首を向けて加速した後急旋回? 違う違う、そりゃ一昔前のサイドワインダーやスティンガーの避け方だ。
  その時、太陽という単語が気になってなんとなく天井を見上げた俺の脳髄に電流が走った。それぐらい魅力的なアイディアが閃いたんだ。

 

「長門、スプリンクラーのヘッドをぶっ壊して水を噴射して、周りの温度が下がったところでロックオンするってのは?」

 

  だが、この素晴らしい提案を、長門は一瞬で丸めてゴミ箱へ投げ捨てた。明確に首を振りながら、俺の理科知識不足を指摘してくれた。

 

「止めたほうがいい。赤外線は水に吸収されるから」
「……そうだよな」すると古泉が、
「さすがに落胆してますね」茶々を入れてきた。
「やかましい」
「それではそろそろ、僕のアイディアをお話してもよろしいでしょうか?」

 

  超能力者の対超人戦術か。あるならとっとと寄越しやがれ。

 

「まず僕が球体化して後方から大貫さんに接近します。そして至近距離から渾身の一発を叩き込み、少なくとも気絶させます。その後の僕には立ち上がる気力も残らないと思いますが」
「やれるのか? 長門に吹っ飛ばされたお前が」

 

  すると古泉はもうそろそろ飽きてくる微笑みを返して、

 

「一昨日とは違いますよ、一昨日とは」

 

  長門の漆黒の瞳が、疑惑の純色に彩られている。俺も似たようなもんだろう。そんな絵に描いた餅みたいな作戦が、通用するのか? 

 

「やってみなければ分からないでしょう」

 

  人類で初めて無重力空間で飯を食おうとする宇宙飛行士みたいなことを言いやがる。どこか遠いところを見ているような目をしながら89式のマガジンを入れ替えた長門が半ば諦めムードの漂う声で、

 

「……やる価値はある。わたしが正面から射撃して気を引くから、その隙に攻撃を」
「ええ、お願いします」
「ちょっと待て古泉。長門、今から電波妨害は出来るか?」

 

  長門が首を傾げた。俺の意図が分かってないようだ。

 

「写生会の時に使ったECM装置はここの倉庫室に保管してある。でも、バッテリーで稼動させるには電力が足りない」

 

  バッテリー……パン屋事件の時のことを気にしてるのか。そんなこと気にするならもっと他のことに気を使ってくれ。小屋の中にいたウサギのこととか。

 

「盗電ぐらいしても構わん。非常事態だ。空中にいる古泉の姿なりクレイモアの爆発なりを見た住民が通報するかもしれない。警察や消防が来ても、アレの前じゃあ足手まといになるだけだ。電話線もカットオフしておこう。さっきのクレイモアで火災報知機が作動しなかったのは、不幸中の幸いだな」
「分かった」
「なるほど、つまりはお二方がそのECM装置というのを起動させて、陣代高校と外部との通信を途絶……すなわちクローズドサークルにするまで時間を稼げばよいのですね?」
「ああ、頼むぞ」

 

  曲がり角で別れ、大貫さんを待ち伏せるという古泉が学校帰りの交差点で友達と別れるような気楽さで、一時の別れを告げた。

 

「それではまた、決着がついた時にお会いしましょう」

 
 

■2

 

「ヘッドフォン型通信機?」
「この通信機が使う電波帯だけ、ジャミングをかけないようにする。念のために」

 

  いつの間にか屋上に据え付けられていた巨大なアンテナの根元で、アンテナにカバーを外したプリンターのような機械を繋いで微調整を行っている長門からそういうものを手渡された。俺はといえば、電話線を高枝切りバサミで切断した後は長門の手元を携帯のライトで照らす灯台役になっているところである。月が明るいが、さすがに精密作業は難しいらしい。

 

「そういえば長門、お前暗視装置持ってなかったっけ? ゴーグルみたいな形をした。あれ使わないのか?」
「使わない」
「どうして」

 

  答えは無かった。なんとなく締め出されたような疎外感がしたので、俺はもう一つの疑問を解決することにした。

 

「このヘッドフォンをどこから取り出した?」
「あなたが使うピコピコハンマーが、普段どこにしまわれているのかを教えてくれれば答える」
「禁則事項だ」
「そう。もう明かりを消しても大丈夫。ジャミングが開始された」

 

  少し和んだ空気の中で一応ピコハンの所在を確かめた後、携帯のライトをオフにした。背面の液晶画面に表示されたのは普段は見たくない「圏外」の文字。よし、舞台は整った。

 

「さて、古泉発案のプランを実行するか」

 
 

  一気に階段を駆け降りて一階へ。俺がそれを目撃したのは89式を携えて先導する長門に従い、生徒玄関前を通り過ぎた時だった。
  ガラス片やポスターの切れ端、壁材の破片の一つも散らばっていない日常的で非日常的な光景を呈していた廊下で、古泉一樹という名の超能力者が、安らかな顔をして倒れていたのだ。
  息を呑んで駆け寄ったさ。

 

「おい古泉! しっかりしろ!」

 

  ……外傷は無し、争った跡も無し、一体何が起きたんだ?

 

「……出会い頭のことでした……大貫さんと……ばったり……出会ってしまって……異常な力でしたよ……長門さんなんか比じゃない…………圧倒的な、あまりに圧倒的な……」

 

  人間的じゃねえのかよ。気持ちは分かるが。……大貫さんは? 大貫さんはどうなった?

 

「……残念ですが……攻撃すらできませんでしたよ……」
「脈拍、呼吸は安定」

 

  バイタルチェックを行って、無感情というより冷徹な声。まあなあ。

 

「つまりお前は今、使い切ったバッテリーみたいな状態なのか?」
「……そういうことになるでしょう。もてる全ての力を出し切りました。燃えた……燃え尽きましたよ……真っ白に……」

 

  歯を食いしばり、古泉が立ち上がろうとするが、その試みは途中で潰えた。ゆっくりと閉じられていく一対の瞼が、端正な顔から光を奪っていく。

 

「立て、立つんだ古泉!」

 

  男二人のやり取りに、長門がストップを出してきた。なんだよ。

 

「無理させないほうがいい。今保健室のドアを壊すから、ベッドで休ませるべき」
「すいません……お言葉に甘えさせていただきます……」
「あ、長門、ドアは壊さなくてもいいぞ。マスターキーを頂いてきたから」

 
 

  いつか俺が寝た保健室のベッドに気を失った超能力同好会の最高責任者を寝かせると、また俺の思考回路が名案を紡ぎだした。試験中もこんな風に働いてくれたら、どんなに助かることだろう。いや、まだ生き残れる保証がないな。
  俺は廊下と接する保健室の壁にコップ越しに耳をつけて大貫さんを警戒している様子の長門に、更なる作戦を教えてやることにした。おい長門、

 

「なに?」

 

  オオカミに出会ったシカが喋るんなら、こんな声色になるのだろう。

 

「よく聞け。超能力同好会、橘戦で使った麻酔薬。五倍に希釈したとか言ってたな、あれの原液は無いのか?」
「……ある。あの麻酔薬は確かにある」

 

  長門の黒曜石のような目が驚きに見開かれる。柵を破った猛獣を捕まえるには麻酔銃を使えばいい。だが銃弾の通じない相手には効果が無い。
  だったら、一定のエリアに麻酔薬の幕を張ればいい。そういう論理だ。大貫さんだって生物、外部から気体を取りいれ、ガス交換を行っているはずだ。
  どうだこの名案は?

 

「……分かった。散布の準備を整える。ついてきて」

 
 

  保健室を出てから長門は生徒会室に向かった。ちょっと待て、忘れ物でもしたのか?
  三回目のマスターキーを使った後、本棚の前に立った長門は俺の方に向いて、大統領就任式で壇上に上がったアメリカ第35代大統領のような目をした。

 

「これから起きることだけは、二人だけの秘密にしておきたい。協力を」

 

  構わないさ。もうこうなったら、一蓮托生だ。

 

「ありがとう」

 

  感謝の意を伝えた長門はもう一度本棚に向き合い、右下端の本を右上端に、右上端の本を左上端に――つまり端っこの本を逆時計回りに動かすというミステリアスな行動をとった。真意が5ミリリットルも汲み取れない。
  鶴屋校長の話を拝聴した時のように「?」な俺の脇を通り過ぎて、本棚の左側面を持った長門は俺に離れるように指示した。

 

「なんだこりゃ」

 

  右側を軸にしてずらされた本棚の後ろにあったのは、壁じゃなかった。床下へ伸びている、金属製の梯子だった。ナチスかハルヒの親衛隊から、ユダヤ人でも匿っているのか? 手慣れているように長門は腕をはしごに絡め、スリングで背中に回した89式に気をつけながら暗い穴を下っていく。おいおい置いていくなよ。
  十段ほども下りると、足が床に着いた。長門、今どこだ?

 

「下手に動かないで。今バッテリーを起動させる」

 

  どこかでパチンとスイッチを押す音がして、人工の光が暗闇に慣れた目を侵略していく。ようやく目が慣れたと思ったら――、なんだこりゃ、イージス艦のCICか?
  風呂場ほどの大きさの小部屋に詰め込まれた、キーボードや大量のスイッチやメーターが並ぶコンソール、おぼろ気に光を発し始めたディスプレイ、側面の風呂桶にあたる部分にあるのは化学実験室にあるのと外見は同じようなドラフトチャンバー(内側が透明な板で仕切られて、内部の空気を給排気して空気の出入りをコントロールすることで、内側の有害物質やらを外部漏洩しないようにする設備だな。透明な板を少し上にあげて、下側から手を入れて操作する奴だ。かなりの説明口調だが)、その下には頑丈そうな金庫。中身の想像はあまりしたくない。

 

「長門、ここは……何だ?」
「有事に備えて製作した……秘密基地。当時持っていた資金の大半を費やした。校内各所に張り巡らせた液体と気体用の散布パイプラインと独自の放送網、廊下のみに設置した監視カメラを一元管理できる施設」

 

  さりげない風に話した後、コンソールに取り付いた長門がボタンを押し、命令を受け取って起動したディスプレイの画面が16分割されて、校内各所の様子を映し出す。古泉を返り討ちにした最強の用務員は保健室から遠く離れて、音楽室前をうろついていた。

 

「音楽室周辺に効果範囲を限定する。原液のまま全校に散布したら、保健室で眠っている古泉一樹の生命に危険が及ぶ」

 

  そう呟いた長門はコンソールから離れて金庫を開けて、中からクレイモアではなく頑丈そうな水筒を取り出した。橘を眠らせた麻酔薬が入っているのだろう。神妙な顔をした長門がドラフトチャンバーの起動ボタンを押して換気システムが作動し、ファンが低音で唸る。
  長門は備え付けのゴム手袋をしてから内部でフタを開けた水筒の口を、内側の壁から飛び出ているホースに接続して水筒本体を逆さにした。規格が定まっているのか、そこらの100円ショップで売っていそうなプラ製品よろしく、ガチャリという音がしたのが少し笑えた。

 

「お願いがある。そこの遮断と書かれたボタンを押してほしい」
「ああこれか」

 

  久々に仕事した気がする。俺がボタンを別に変なノリもなく(つまらんとか言うなよ)押すと機械の中からガチャンというシャッターが閉まるような音がした。文字通りの効果を示すボタンだったらしい。そりゃ遮断ってあって逆になったらエラい迷惑だが。
  コンソールに向き直った長門の手元を後ろから覗き込むと、「グラウンド」だの「南校舎1F西側」だの「講堂」だのと書かれた赤ボタンが、俺の脳細胞から昔放送室に入った時の記憶を思い出させた。最初に上部にある【散布】(隣に【放送】があった)のボタンをオンにしてから音楽室のある場所とその周辺区域のボタンを押していた長門が左端を指差して、化学の教師が実験の際の注意点をうかつな学生に説明するような口調で、

 

「そこの『緊急:全校一斉』のボタンは絶対に押さないで。放送も散布もそこのボタンと併用することで途中の手順を飛ばして、最優先で出来るように作ってある」
「おっかないボタンだな」
「非常用だから。……準備完了。これより散布する」

 

  遠くから潮を吹くクジラのような音が耳に届き、橘を眠らせたあの薬が撒かれ始めたことを俺達の耳に伝えた。大貫さんが映っていたモニターを見やると灰色の煙が天井から吹き荒れ、運良く噴出ノズルの近くにいた狂戦士を煙に巻き込んだところだった。

 

「やった!」

 

  俺は快哉を叫んだ。あれだけの直撃を受けたんだ、確実に夢の世界へダッシュし……こんなことにはもう慣れた。なあ、拳を振り下ろしていい場所はどこだ? 大貫さん以外でな。
  モニターから目を背けた長門が右手をさすりながら、

 

「しょうがない。現状で考えうる、最後の手段に移行する」

 

  パリン。
  なんと手刀でコンソールの保護ガラスを叩き割った長門は、JTST−EMIRI.K−HOTLINEと緑色の文字の入った四角いボタンを押した。
  一瞬のハウリングの後、ノイズの混じっていない穏やかな声が頭上のスピーカーから、すぐに返事を返す。長門がコンソールの脇にあったラックから、有線式のマイクを取り出した。

 
 

■3

 

  長門が助けを求めた先は、そうそうあってはならないような名称を持つ施設だった。

 

(はい。喜緑生物化学兵器研究所所長、喜緑江美里です。どちらさまでしょうか)
「わたし」
(わたし、という人は私の知り合いにはいません。オレオレ詐欺なら止めてください)

 

  しばし沈黙する小柄なセーラー服の背中から、明らかに怒りの空気が立ち上っている。いやまあ相手の言うことももっともだけど、これ直通だろ?

 

(ジョークですよ。あなたがホットラインを使うなんて珍しいですね。キョン君の晩御飯は今日も美味しいですか?)何バラしてんだお前は。
「今日は食べていない。それどころではない」

 

  そっぽを向きながらツマミをいじり、音量か何かの調整をしたらしい長門は声を潜めるように、

 

「第零級非常事態。緊急支援を要請する」
(ESRゼロ? これまでで発令されたことのないレベルですよ? ついにキョン君に体を迫られたなら、72時間以内にピルを届けますが。もちろんタダで)
「…………」

 

  しばしの間、三畳強ぐらいの秘密基地に沈黙の天使が羽ばたいた。今の三点リーダは、俺と長門の共有物だと認識してくれ。

 

「……彼は決してそんな人じゃない。要請を変更する。研究所の警戒態勢を引き上げたほうがいい。あなたをこれから二階級特進させる」

 

  それ、戦死させるって遠回しに言ってんのか? 加勢したくはあるが。

 

(冗談はやめてください)

 

  そっちから振ってきたんじゃねえか!

 

(さて、本題は何でしたっけ?)
「彼とわたしは今、大貫善治と呼ばれるこれまでで最強の敵と戦っている。クレイモア、89式小銃、あなたから貰った麻酔薬が効果無し。男子高校生一人が負傷している。トリアージレベルはグリーン。しかし今後、目標との戦闘に際して、さらに負傷する可能性が高い。出来ればメディックにここから連れ出してほしい」

 

  喜緑さんがふんふんなるほど、と適当としか思えない相槌を打ち、

 

(……会長、今夜に限って尋ねてきてくださったのが運の尽きでしたね)

 

  哀れみをたっぷり含んだ声の後、何故かシンバルの音色が高らかに鳴り響き、中々に渋い男の声が不機嫌そうに割り込んだ。

 

(なんだ喜緑君、そんな起こし方、どこで習った)
(テレビのエンターテイメント番組ですよ。研究も行き詰ったので、新しいインスピレーションを得るために視聴していたんです。ついさっきから砂嵐状態ですけどね。ゴールデンタイムなのに残念だと思いませんか?)

 

  それ、多分ウチのジャマーが原因です。

 

(俺にとっては最高だよ。そんなことを植えつける番組が見られなくなるのならな)
(ちょうどお気に入りの漫才トリオが登場するところだったんですよ。もう残念で残念で)
(人を文字通り叩き起こしておいて喋るのが愚痴か?)

 

  喜緑さんは、あ、と忘れ物に気づいたようだ。

 

(会長、すぐに陣代高校まで行って、怪我をした男子高校生をここに運んでください。出来れば十分以内で)
(十分!? 無茶を言うな、ここから陣代高校までどれだけ離れていると……)
(私の作った細菌兵器を、サンフランシスコ、ロンドン、大阪にバラ撒こうとしていたのは誰でしたっけ?)

 

  長門といいこの会長といい、完全にこの喜緑さんという女性に手玉に取られている。さすが一組織の長を務めている(らしい)だけある。ってゆーか、細菌兵器の奴って、2○世紀少年?
  俺が元ネタの漫画を思い出していると、会長と呼ばれた男が反論の声をあげた。

 

(私はそれを北朝鮮に売り飛ばそうとしていただけだ。それも何で止めたかというと、某総書記が値切りに値切るからだぞ)

 

  なおのこと悪いわ。

 

(容疑を認めましたね。早く飛んでください。私の指が有線電話で110番を押さないうちに)
(警察なんぞで私を止められると……)
(でしたら私が止めて差し上げましょうか? カウントは後九分二十秒ですよ)

 

  会長(NOTハルヒ)が肩をすくめたような気配がした。気持ちは分からんでもない。スピーカーの向こうから、バタンというドアを閉じる音が聞こえた。

 

(とりあえず救援目的で会長を出しました。ジャミングをかけているのなら、ミリ波帯は解除しておいてくださいね)
「了解した」

 

  あちこちのスイッチやレバーを操作しながら、

 

「早くこちら側の要請内容を伝えたい」
(そうですね、通話料もバカになりませんし)
「通話料?」
(あ、キョン君の声がやっと聞けた。これも冗談ですよ。それじゃどうぞ)

 

  長門が深呼吸した。とても珍しい。

 

「厚木基地に緊急着陸したF‐15Eストライクイーグルにレーザー誘導爆弾を搭載させて、陣代高校までスクランブル発進、近接航空支援(CAS・キャス)を実施させて。コープノース・グアム演習において実弾爆撃が予定されているため、今日着陸したグローブマスター靴論鞍員と兵装を積んでいるはず。海軍のFA‐18CやEでは力不足」
(海軍の関係者が聞いたら怒り出しそうな会話ですね)
「目標はわたしがグラウンドに誘導する。お願い。アメリカの軍産複合体と三軍に、太いパイプを持つあなたなら出来るはず」
(別に構いませんけど、通常爆装だけじゃきっと物足りないでしょう?)

 

  あっさりと喜緑さんは答え、そして更に恐ろしいことを言い出した。

 
 

■4

 

(ボーイング社からも協力をさせますよ。幸いなことにボーイングにも協力者はいるので)

 

  わずかに間を置いて、

 

(いつだったか私がマリーンワンのことで愚痴を言っていたことを思い出したのか知りませんが、今月の初めにM16で撃ち落してましたよね。警視庁航空隊のEH101……もう名称はアグスタウェストランドのほうになりましたっけ?)

 

  翻訳すると長門は、伝統的に国産機を使ってきたアメリカ大統領専用海兵隊機(マリーンワン)の座を獲得した外国製のEH101をアメリカの傑作小銃で撃墜するという、壮大な皮肉を演じたわけだ。はて、何で俺はこんなに詳しいんだろう。そういえばヤクザが落としたって言ってなかったっけ? 密輸したカラシニコフでさ。

 

(いえいえ、警察はヤクザが撃ったと発表しましたが私達には分かりますよ。仮にも生存性を重視した軍用ヘリを不時着させるなんて神業、町のチンピラごときには無理です。カラシニコフではなく、ヤクザに無理ということに気をつけてください。撃ったが最後、SATがすぐに仕事をします。
だからピーンときたんですよ。あの強風の中、針の穴を通すようなスナイプが出来るのは長門さんしかいないって)

 

  褒められてるな。良いことか悪いことか判別がつけられないが。

 

(そのせいで次期マリーンワン計画がさらっと白紙に戻されましてね。アグスタウェストランド、シコルスキー、それに最初に落とされたボーイングの三社が再び候補に上がりました。おかげでライバルだったボーイング社の関係者が大喜びしてますよ。ボーイング社だけじゃなく、大統領を外国機で運ぶという恥辱に耐えられない空軍軍人や関連企業の人達も)

 

  喜緑さんはとても楽しそうに、

 

(バンカーバスターはコープノース・グアム演習で投下する予定でしたが、前倒しさせましょう。条件は整ってますから)

 

  ……。

 

(あ、ちょっとだけ待ってください。厚木基地から入電が…………もう一つ喜んでください。ストライクイーグルへの搭載が始まりました。それに、選定されたパイロットは私達もよく知っている人達ですよ)
「よく知っている人達?」長門だ。
(ええ、アラスカのエルメンドルフ基地に赴任していた人達です。コープノース演習に参加した後一月ぐらい、日本に留まるようですね)
「……分かった。それなら信頼できる」

 

  ええ、確かに。と笑いながら同意した喜緑さんは更に、

 

(えーと、大体話しましたね。それでは、作戦の成功を祈ってます)
「感謝する」
(私は連絡係を勤めただけですよ。お礼なら彼女達にしてください)
「ありがとう」

 

  謙遜した喜緑さんにはっきりとそう言い、長門は例の英文字ボタンを押した。ブツッと音を立てて、いつの間にか建設されていた秘密基地でのホットライン通話が終わった。
  マイクを几帳面にもラックに戻した長門が振り向き、

 

「作戦行動を開始する」

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:01:32 (2730d)