作品

概要

作者輪舞の人
作品名ひとときの休息
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2009-06-30 (火) 23:14:01

登場キャラ

キョン不登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

 時空連続体が破壊され、時間の渦に巻き込まれたその時、長門有希は帰還軌道の探索に全力を注いでいた。
 こんな事件に対して、処理を誤るほど、彼女は疲労していた。
 本来なら、充分回避できたはずの出来事だった。予見、予知が適正に処理できていれば、問題になる前に対応できたはずだった。
 それらの、危険回避手段がシステムの不全によって実施できなかったのだ。
 これまでも多くの障害に対処し続け、その上、自身の内部問題により、世界崩壊の危機までも発生させていた。
 長門有希というインターフェイスは、確かにこの時、疲弊の極みにあった。

 

 長門は残された機能のすべてを用い、手探り状態で探索を続け、時間を消費する。
 その結果、ようやく到達可能範囲内に、安定したひとつの世界が存在することを確認した。
 そこが元の自分の存在していた世界かどうかは不明瞭だったが、しかし、このままでは時空間の狭間に取り残されてしまう。
 長門は確率を度外視して、一旦その世界へと退避する事を決断した。
 生き残れば、まだ元の世界へ帰還する手段を探す事ができる。

 

 その世界は、まるで今まで長門がいた場所とまったく変わりがないように思えた。
 建造物。自然の造詣。空の色合い。何もかもが、今までいた世界との相違を検知できなかった。
 ただひとつ。
 人の姿が、見えない。
 まるで無人の世界だった。人の作ったものはあるというのに。
 では、自分のいたマンションはどうなのだろう、と長門はその場所へ赴く。
 マンションを見上げるが、外観はまったく同じ、ように見える。
 いったい、この人の存在しない世界は、なんなのだろう。
 
 エレベータに乗り、自室へ向かおうと思った時、エレベータの階層ランプが五階で停止した。
 五階。そこは、その場所は、おそらく二度と行くことはないと思っていた場所だった。
 長門は、ほんの少しのためらいの後、意図せず停止した五階で降りてみた。
 これは、何かの意思が働いているのだろうか。
 長門は警戒を怠ることなく「その場所」へと向かった。

 

「あら、長門さん?」
 目の前にある五〇五号室の風景は、長門にはすぐに信じられない。
 「彼女」がいる。
 自分の手で消し去ったはずの、彼女が。
 あの朝倉涼子が、目の前に、いる。
「おかえりなさい。今日はどうしたの? 本体への報告はまだなんだけど」
 この朝倉涼子は、インターフェイスである自分を認識しているようだった。
 あの偽りの世界のものではない。
 では、ここは、彼女が生き残ったかもしれない、別の可能性の世界なのか。
 しかし、人は存在しないのに。なんのためにここにいるのだろう。
「どうしたの? せっかくだから上がっていったら?」
 朝倉涼子は、あの三年間の待機時間、そうであったように笑顔を浮かべ、長門を差し招く。
「どうせ、食事は適当に何かで済ませるつもりだったんでしょう。夕食も食べていったら? わたしたちに意味はないかもしれないけど」

 

 しばらく長門は無言のまま、朝倉に言われるままに出された茶を飲み、彼女の話を聞き、じっとその表情を見つめる。
 間違いなく、あの朝倉涼子だった。
 これは、どういうことなのだろう。本当に「可能性の世界」なのだろうか。
「……どうしたの? またなにか、問題でもあった?」
「…………」
「これまでにもいろいろあったと思うけど、だいぶ無理してるのね」
 気遣う表情に、長門の中の何かが傷みを感じる。
 なぜ、わたしの心配をしてくれるのだろう。
 わたしは、あなたを、ためらいなく消し去ったというのに。
「……これは、与えられた任務だから」
「ストレスは問題だわ。わたしたちには、擬似的とはいえノイズを感知する機構が備わっている」
 それが、クリスマスの事件に影響を及ぼしたことは、今の長門にも理解できている。
 だが、今、それについて考える余裕はなかった。
 その様子を感じ取ったのか、朝倉は、じっと長門の顔を覗き込んだ。

 

「……ずっと、一人でがんばってきたんだね」

 

 その声を聞いた時、長門の中で、疲弊し、張り詰めていたなにかが崩れた。
 ずっと一緒にいた。三年間も。
 それなのに、あなたはいなくなってしまった。
 わたしが、消してしまったから。
 長門は、大きく変動した自分を認めていた。
 あの冬の日。作られたものではない。ひとつの魂が、自分の中に生まれてしまった。
 かつての自分では、絶対に感じることのなかった、あり得ない情動が長門の深奥を揺さぶる。

 

「――――っ……」
「いいのよ」
 朝倉の声が、優しく長門の耳朶に響いた。
「今だけ。ここでだけ、この世界でだけ、ね」
 長門は朝倉涼子に抱かれる。反応する術は、すでに長門からは失われていた。
「あなたは、みんなが必要としている。大切な存在なの。だから、今は壊れては駄目」
 なにも言葉に出せなかった。ただ、涙だけが流れ続けていた。
「ほんとうに。たった一人で。この小さな体で、がんばってきたのね。でも、みんながあなたに託したもの。それを実行できるだけの力が、あなたにはある」
「…………」
「だから、がんばれ。わたしが、わたしたちが、あなたをずっと見ているから」
 その言葉に、長門はとうとう声を漏らして――泣いた。
 自分に、そこまでの価値があるのかもわからないのに。
 なぜ、わたしをそんなに大切に感じてくれているのだろう。
 長門はしばらくの間、力なく朝倉の抱擁に身を任せ、涙を流し続けていた。
 
「……あなたは、いったい、だれなの」
 朝倉涼子の胸の中で少しだけ安定を取り戻した長門は、むせかえり、初めての体感情報に戸惑いつつ、小声で尋ねた。
「この世界は。この世界にいる、あなたは」
「わたしは、朧のような世界の住人。ただ選ばれなかった。それだけの世界にいる存在」
 その朝倉涼子はそっと長門の髪を撫でて、言った。
「幾千、幾万もの、廃棄され続けた、膨大な世界のひとつ。必要とされなかった、そういう存在たちの集合体」
「……必要と、されなかった……」
「でも、こうしてあなたに出会えた。わたしは、あなたの知る朝倉涼子ではない。だけど、こうして、ほんの少しでも、あなたの力になれたことで、初めて生まれてきた意味を実感している」
 この世界の朝倉涼子は、長門の涙に濡れた頬を手でぬぐいながら、やわらかな微笑みを浮かべた。
「誰かのために、力になれた。とても嬉しいことだと感じている。わたしは、あなたにとってはただの偽者かもしれないけど。でも、あなたにほんの少しの休息と、元の世界へ戻るための手助けができる。わたしに存在することの意味を与えてくれたことに感謝するわ」
「……そんな」
 長門の、驚きの声に"その朝倉涼子"は無言で首を振って応えた。
「いつか、ほんものの、あなたにとって真実のわたしを探しなさい。きっと、まだどこかにいるはずだから」 

 

 そして彼女は、長門の両肩に手をやり、元気付けるように体を起こさせて、ほんとうに嬉しそうに笑った。
「さあ、お休みの時間はおしまい。お帰りなさい。あなたを必要とする人々のいる世界へ」
「……待って……!」
 しかし、その朝倉涼子は最後の叫びに反応することなく、力強く「世界の外へ」と長門を押し出した。
 ただ、最後に一言だけ。
 ささやきのような小さな声だった。

 

 ――ありがとう。ここに来てくれて。

 
 

 どういう力の発現なのか、押し出された長門は難なく帰還軌道に乗り、崩壊していた時空連続体の溝を飛び越え、元の世界へと辿り着いた。
 今回の事件は、天蓋領域の活動が原因だったのだろうか。現在でも、連続体崩壊の真相ははっきりとしていない。
 しかし、あの世界は、いったいなんだったのだろう。
 長門はそれを想う。
 幾千、幾万もの、切り捨てられた、可能性の世界の住人たち。

 

 どんな世界であっても、彼女は彼女だった。
 手を差し伸べてくれた。励ましてくれた。
 それを思うと、胸が痛くなる。
 まだ、あの彼女は、時空の最果てのような孤立した世界にいるのだろう。
 これからも、ずっと。
 ひとりきりで。

 

 自分は、自分だけの存在ではない。
 数多くの有形、無形の意思がうごめく中で、干渉を受け、または影響を与え、存在しているのだ。
 どんな世界であっても、その原則は変わらない。
 あの、幻のような彼女もまた、そうしてくれたのだから。
 だから、と長門は思う。
 立ち止まるわけには行かない。少なくとも、今は。

 

 情報生命体の生み出した、有機情報端末の長門有希は、自分を必要としてくれている人々――涼宮ハルヒたちが待つ文芸部室へと足を向けた。
 そして、歩き続ける。

 

 すべてが終わる、その時まで。

 

 ―終―

 


トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:01:31 (2730d)