作品

概要

作者子持ちししゃも
作品名七夕のとある一日
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2009-06-22 (月) 23:10:51

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

「寝るだけ」
 そう長門に言われて、照れ隠しの苦笑いなんぞを表面に浮かべつつ、用意してもらった布団に朝比奈さんと並んで入った俺は、いやしかしこんな状況ですんなり眠れるもんでもないだろと思いつつも無理やり目を閉じた所で、目蓋の向こうから感じる明かりに違和感を覚えて目を開いた。
 ぼんやりとだが、次第に焦点の合わさっていく目に見えるのは、さっき消したばかりの明かりが、徐々に光量を安定させていく様子だった。
 先ほどスイッチに手をかけて電気を消した、そのままの姿勢の長門がじっと俺を見つめている。隣の布団を見ると、朝比奈さんは目をつむり、可愛らしい寝息を立てている最中だった。
 また視線を長門に戻す。長門はまだじっと俺を見つめていた。
 その姿に違和感を感じ、それの源が眼鏡をかけているということに気づくのに少しだけかかった。

 

「どうした、何か問題でもあったのか。それとももう三年経ったのか?」
 眼鏡をかけているということは、まだ三年前なんだろうと思ったが、立ち上がりながら一応尋ねると、長門は小さく首を横に振った。それはどっちに対してのリアクションかを聞こうとするより早く、万能宇宙人はリビングへと移動を始めている。慌てて俺もそれに倣い、見慣れた気もする殺風景な部屋へと入った。
 カーテンすらかかっていないその大きな窓のおかげで、今がまさしくまだあの夜の続きであるということを、全力で教えてくれている。
 長門に任せておけば安心だとは思うのだが、過去に飛ばされて戻れなくなってしまったという経験など、俺には初めてなのでなかなかに不安である。

 

「長門、朝比奈さんは?今日は何日だ?」
 まるですやすやとという擬音がぴったりの、可愛らしい寝姿の朝比奈さんを戸口で振り返りながら長門に問うと、
「本日は七月七日。朝比奈みくるは眠っているだけ。そのままでいい」
 見たままな答えが帰ってきたので、俺は少々の躊躇ののち、扉をそっと閉めた。
 朝比奈さんを起こさないということは、やっぱり三年後ではないんだろうな。
 俺は、俺だけを起こした意味を図りかねて、小柄な宇宙人を見る。

 

 長門は、何もない部屋で唯一存在を主張しているのコタツの前に正座をして、お茶を淹れている最中であった。
 この暑い季節に熱いお茶というのは、朝比奈さんといいSOS団内の流行なのであろうか。それとも俺が知らないだけで、全国の流行なのかもしれない。
 ことり、と小さな音を立てて、長門が自分が座った向かいにお茶を置いたので、俺はその席に腰を下ろした。

 

「飲んで」
 懐かしい台詞と懐かしさを感じる長門の固い表情に、俺は少しの感慨深さを抱いてしまう。でも実際俺が聞くのも、こいつが言うのも、三年近くも後なんだよな。
 でも実際はそのことをこの長門は知ってるし、俺も知っている。そう考えると、頭がほんとおかしくなりそうだ。
 くらくらしかけた頭を、長門のお茶でさっぱりさせることにする。
「ありがとよ」
 熱々の茶の表面に息を数回吹きかけてから飲む。熱いが、美味いお茶だった。

 

 長門は正座したままただじっと俺を見つめているだけで何も言わない。
 とりあえず手にした茶を飲み干し、空になった湯のみを置いたタイミングで再度質問を投げかけよう。そう思って口を開きかけた俺だが、長門の口から出た「美味しい?」という言葉に、なんとなくだが機会を逃した気がした。
 なので質問の代わりに「ああ、美味いよ」とだけ応える。

 

 俺の言葉に長門は無言で席を立ち、急須にお湯をいれるべくに台所へ立った。
 状況を説明する何かを聞きたいとは思っていたが、口を開く替わりにそんな長門の姿をぼんやりと眺めていた。正直言えば、俺は長門から「失敗した」というような語彙に相当する類の言葉を聴きたくなかったのだろう。
 二杯目のお茶も、つつがなく俺の腹に収まった。長門は無言で、また俺をじっと見ているだけである。
 不安が増してくる。長門ですら、言いにくい非常事態なのだろうか。
 もし未来に戻れないんだとすれば、三年後の七月七日になるまで、この世界に俺と朝比奈さんは二人ずつ居ることになる。
 あ、朝比奈さんはどうだったんだろう。長門のようにずっと前から待機していたんだろうか?
 まぁ、最悪三年後に居なくなる俺と交代すればいいか、などと思いついたが、良く考えなくても当たり前だが、入れ替わる頃には三年程歳をとってしまっている事に気づいた。
 まだ成長期の俺達に、周りに気づかれずに入れ替わることなんてとうてい不可能だろう。

 

「長門は待機中、何してるんだ」
 この暑さの中、冷たい汗がじんわりと背中を伝うのを感じながら、気が付いたら適当な事を口走っていた。
 俺の言葉に、長門は小さな口を開くと、「何も」と抑揚もなしに答える。
 変わらない長門に、俺は少しだけ安堵を覚えたが、ふと思いついたことをまた聞いてみる。
「……本を読んだりしないのか?」
「最低限の生命維持活動以外、する必要がない」
 一瞬不安も忘れて、心底驚いた。長門が本を読んでいないなんて、想像だにしなかった。
 慌てて部屋を見渡す。何もないがらんどうの部屋。それはSOS団が出来るまで、こいつには何もなかったということを強調しているかのようだった。
 ただ、紫色をした七夕の短冊と急須が、コタツ机の上でぼんやりとその存在を主張しているだけだ。

 

「それじゃあんまりだ。つまらないだろう」
 思わずじっと眼鏡越しの長門の目を見ながら言うと、長門はそのアクリル板のように揺らぎのない筈の瞳を、波打たせたような気がした。
 そして小さく、
「……役目だから」
 とつぶやき、またお茶を淹れようと、急須を持って台所へと向かう。
 長門の口から漏れ出たその言葉は、布団に入る前に聞いた時より少しだけ返答が遅れたかのように俺は感じ、そしてもう一度短冊を見つめた。

 

 短冊は、しばらく適当に置いておいたらそうなるんじゃないかな、という程度に色あせていた。

 

 三杯目の熱々のお茶が俺に差し出された。その湯のみを手に取りながら、俺は「未来」の長門へ向けて質問をする。
「長門はさ、SOS団の活動って面白いか?」
 小さな宇宙人は、自分の湯飲みを口元に運んでいる途中で、動作を止めた。
 そしてほんの数ピクセルだけ首をかしげたように見えた。
「対象を、結果としての情報だけではなく、相互に影響を受ける範囲内で情報収集を行うというのは、リスクの高い行為だが情報量は増していると感じる」
 回りくどい返答が返ってきた。言ってることは解るが、そうじゃない。俺は質問を変える。
「SOS団は、ユニークか?」
 長門は、小さく、しかしはっきりと頷いた。

 

 長門は俺に、嘘は言わないだろう。最初に聞いた質問の答え、あれは本当に両方ともNOだったのだ。
 問題もないし、三年経ってもいない。でも、三年経ってないけど一日も経っていないとは言っていない。
 だとしたら今日は、あの日から一年後か二年後の七月七日だ。寝る前になかったお茶の用意がされていたのも、眼鏡が再度かけられていたことからも、きっとそうなんだろう。
 ということは、だ。長門はわざわざ俺を起こしたんだ。
 それは何でか?
 問題があるのなら、朝比奈さんも起こすだろうし、未来人がらみの話で朝比奈さんを起こせないのなら、きっとそこには大きな朝比奈さんがいなくてはいけない。
 長門に焦っている様子はない。
 何もないがらんどうの部屋。SOS団としてのこれから作る、でも既に存在する思い出。

 

 俺は飲み干した湯のみを、「ごちそうさん」と言ってテーブルに置き、ゆっくりと立ち上がって窓から外を見た。
 星なんてほとんど見えないし、見えているのかもしれないが、月明かりが邪魔をしている。満月かどうかは知らんが、何を食べたらこんなになるんだろうなぁと思うほど、よく太った月が空を照らしていた。
「なぁ長門、こうやって俺が起こされるのは何回目だ?」
 長門は少しの間の後に、「2回目」と答えた。
「やっぱり次起きた時は、俺は今こうやって長門と会話していることを忘れてるのかな」
 長門が無言で頷く姿が、鏡のように室内を写しこんでいるガラス越しに見えた。
「どうしてだ?」
「……わからない。ただこうしたかったという、自己欺瞞。本来行われるべきではない行為」

 

 するべきではないと解っていたのに、してしまった。だからなかったことにする。そういうことか。
 だが、長門には解らないことなんだろうが、なんとなくだが、俺にはその理由がわかった気がする。

 

「それはだな、長門」
 振り返って、姿勢正しく座っている長門を見た。見慣れた制服姿。その長門の傍によって、小さな頭に軽く手を置く。
「寂しいって感情だ。きっと、SOS団がお前にとって、多少は楽しいもんなんだろうよ。こんな何もない部屋でじっとしてたら、人恋しくもなるだろうさ」
 長門が嫌がらないので、その頭をなでてやる。長門はされるがままにしていたが、しばらくして、水晶のような光を湛えた目を上げて俺をみつめ、
「何故あなたは、わたしが記憶を操作することを咎めない?」
 と、聞いた。

 

「どうせお茶飲んでた記憶だけだろ。構わんよ」
「……そう」
 長門は少し顔を伏せて答える。
「それに、お前が寂しがっていたってことは、絶対思い出してやる。絶対にだ」
 長門は、その小さな身体をじっとさせていた。

 

 その後、1歳児とキャッチボールをするかのごとく、時々ボールがどこかに転げてしまいがちな会話をぽつりぽつりと続け、日が変わる頃に俺は布団にまた入った。
 布団に入り、スイッチに手をかける長門をなんとはなしに見る。長門の口が何かを呟き、それはなんとなくだが、ありがとうではなかったかと俺は思った。

 

 まぁ、こんな夜もあってはいいんじゃないか?長門。
 今日は星ですら、一年に一度の逢瀬をする日らしい。宇宙人が少しばかり人恋しくなって、誰かと会話したくなってもわるかないだろ。

 

 それじゃおやすみ、長門。

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:01:31 (1834d)