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作者 | 子持ちししゃも |
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作品名 | 長門さんと嘘 |
カテゴリー | 長門SS(一般) |
保管日 | 2009-04-01 (水) 23:46:56 |
キョン | 登場 |
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キョンの妹 | 不登場 |
ハルヒ | 登場 |
みくる | 登場 |
古泉一樹 | 登場 |
鶴屋さん | 不登場 |
朝倉涼子 | 不登場 |
喜緑江美里 | 不登場 |
周防九曜 | 不登場 |
思念体 | 不登場 |
天蓋領域 | 不登場 |
阪中 | 不登場 |
谷口 | 不登場 |
ミヨキチ | 不登場 |
佐々木 | 不登場 |
橘京子 | 不登場 |
「エイプリルフールやるから、四月一日までにみんなとびっきりの嘘を考えておきなさい。後春休みだからって、休みはないと思いなさい!遅刻したら罰金ね!」
そんなことを言われたのは、長いようで短かった一年を締めくくる終業式から開放されてすぐの事である。
普通なら新学期が始まるまでのわずかな休みを、青春でも金銭でも無駄にでもいいが、それまでのあくせくした日々から開放され、思うように謳歌出来る筈だった俺に、ハルヒは当然のように宣言した。
といっても、最初から期待なんて微塵もしてなかったがな。
なので、口先だけの反論を試みて、一秒で却下されても気を落とすこともなく、予定調和の溜息を一つ吐くばかりである。
さて、件の日には終業式から2週間もあり、それならばまだまだ放っておいても構わないだろうなどと呑気に構えていた俺は、毎日の雑事や短スパンで繰り返される探索に追われ、今日になって慌てている訳である。
何度確認しても、本日は四月一日。エイプリルフール当日である。これが二三日前に言われたのであれば、必死こいて考えていたかもしれない。
なまじ時間があった為に、後回しにしてしまったのだ。ハルヒめ、なんたる策士だ。
……二三日前に言われたのであれば、きっともっと前もって言ってくれと思うんだろうがな。結局尻に火が付かないと、動かない俺が悪いのか。
いやもう、火どころかコゲついている感じもするがな。
俺は集合場所まで自転車で走りながら、今からでも嘘を考えればいいのに、そんな言い訳ばかりを頭の中に巡らせていた。
一体どうしたもんかね。
「さて、今日も探索行くわよっ。その間に、各々最低一個は嘘を付きなさい」
ハルヒが宣言し、いつもの喫茶店に向かおうとした所で、長門がハルヒの袖をひっぱって言った。
「今日は、わたしの誕生日」
ハルヒはびっくりした顔で振り向く。そして何やら考える間を空けたあと、にんまりと笑った。
「いいわね、有希。なかなかやるじゃない。嘘にしろ本当にしろ、おめでたいことには変わらないわ」
なるほど、そう考えたのか。ハルヒのポジティブさは、たまに感心させられる。
「誕生日とは、誕生日の人が他の人に料理やプレゼントを振舞う事。わたしの家に準備がしてある」
「なんだか不思議の国のアリスみたいね。で、料理があるっていうのは嘘?本当?」
ハルヒがにやにやしながら長門に問うと、長門は「本当」と言って頷いた。
「有希の嘘や冗談って、わかりにくいわねぇ。でも行ってみればわかることね。よーし、有希の家に行くわよ!」
ハルヒはご機嫌で歩き始めた。俺は思わず古泉に顔を向ける。やつは静かに首を振った。特に古泉が関与している様子はない。朝比奈さんに視線を移すと、胸元においた両手を、可愛らしくぶんぶんと左右に振った。
ということは、だ。珍しくも長門は、自分からみんなを誘ったのだった。
その事実だけでもう、俺はエイプリルフールの神が長門に光臨したんじゃないかと思わずにはいられなかった。
準備をしてあったというのは、本当だった。
コタツ机の上の真ん中にはケーキ。そして人数分のコップが並べられており、そこに注ぐべきジュースを冷蔵庫から長門が出している。
何故だかは理解出来ないが、ファーストフード店のチキンが山のように購入してあり、同じくそこで買ったかと思われるサイドメニューのデザートやらポテトやらを、朝比奈さんがせっせと紙皿に並べていた。
なんというか、誕生日会というより、これはクリスマス会っぽいな。
「すごいごちそうね、有希。これ食べてもいいの?」
長門は首を縦に振って、「でもまずはロウソクから」と言った。
ケーキに並べられたロウソクは4本。……確か去年、作られてから3年とか言っていた気がする。
そのロウソクに火を付けて、電気を消す長門。まだ午前中で、かつカーテンがない部屋ではあまり意味がないような行為だったが、それでも長門は満足したのか、ケーキの前に座ってじっと俺達を見た。
どうしたのかとは思ったが、妹のいる俺にはなんとなくピンと来た。あれだ。誕生日の歌だな。
まったくどうしたのか、今日の長門は少しおかしいな。本当にエイプリルフールの神が乗り移ってるんじゃないんだろうか。
「ほら、歌うぞ」
せーの、でハッピーバースディを歌い、拍手したところで、長門は息を吹いてロウソクの火をかき消した。
それからはみんなでひたすらに食べ、用意されていたジュースにアルコールが少し入っていた為に、呆れるくらいに大騒ぎして気づいたら夜だったくらいにはしゃいでいた。
帰り際、長門は「プレゼントがある」と、一人一人にプレゼントまでくれた。
「これだけごちそうになった上にプレゼントまで?今日誕生日なのは有希でしょう?」
「逆誕生日だから、祝われる人が祝う」
確かにどこかの不思議の国の問答のようだな。
包装も何もしていない、プレゼントにしてはそっけないが、ハルヒには世界の不思議を書いた本を、朝比奈さんにはお茶の本。古泉にはゲームの勝ち方入門で、そして俺には借りたままになっている本の下巻が手渡された。
長門のマンション前でみんな散り散りに解散をして、楽しかった一日が終了した。ありがたいことに、長門の誕生日騒ぎでハルヒはすっかり嘘のことなんて忘れていた。
家に帰って、長門からもらった本を何とはなしぺらぺら捲っていた俺は、愕然とすることになった。
長門のいつものメッセージのように挟まれていたそれは、見慣れたいつもの栞じゃなかった。
手のひらサイズの、パウチがしてある小さなカード。
それは、いつか俺が長門の替わりに作ってやった、図書カードだった。
名前欄に「長門有希」と書いてあるから間違いはない。
俺はそのカードをポケットに入れると、今帰ってきたばかりの道程を、不安に駆られるまま自転車で必死に辿っていた。
長門のマンションに着き、部屋の番号を押す。
長門を呼び出す筈の音が、インターフォンを通して無人のフロアにただ空しく響き渡る。
いつもなら、インターフォンの前で待っているのかと思う程の早さで出る筈の宇宙人は、いくら待っても出て来ない。
不安は絶好調だ。こんなもの絶好調でもなんでも嬉しくない。今度は携帯を出して電話をかけるが、こちらも無しのつぶてだ。どうしたっていうんだ、長門。
気ばかりが焦っていると、「どうかなさいましたか?」と聞き覚えのある声がした。優しい笑みを浮かべる上級生、喜緑さんがいつの間にか背後に立っていた。
「いや、あの、長門が……」
「長門さんならもう……、あ、まだいますね」
喜緑さんは、何を言った?
「まだ」いますの言葉に、俺は頭をカナヅチで殴りつけられたような思いがした。急激に血が失われる感覚を覚える。頭が割れそうに研ぎ澄まされる。
嫌な予感、今日の長門、図書カードが一つの結論を俺に提示しているが、俺はそれを受け入れたくなくて首を振る。
いや、これから買い物の予定があるとかだろう。そうだよな、長門。
「本日で長門さんは、地上での任務を終えて、連結解除され情報統合思念体に帰化する予定になっています」
しかし喜緑さんは、笑顔で俺を絶望へと突き落とした。
「な、なんだって?またなんで急に」
掴みかかろうという勢いの俺を、喜緑さんは片手で簡単に制した。
「長門さんのたっての希望です」
俺は驚いた。長門の希望だって?
「常に蓄積されているエラーに悩まされていた長門さんが申請していた要請が、受け入れられました」
長門がそんなことを希望する訳がない。俺はもう一度首を振ってから言った。
「そんなの認められねぇ。ハルヒを使ってでも引き留めてやる」
ハルヒにかける為に携帯を出した俺に、喜緑さんは穏やかな表情を向けた。
「常識的な涼宮さんは、今日のおかしな長門さんの行動を、「転校」する長門さんが思い出づくりに行った事だと心のどこかで納得するでしょう。そうなれば、長門さんを呼び戻す事はしなくなる筈です。それともあなたは、長門さんの事を記憶から全部奪われたいですか?」
そして穏やかな言葉で、俺を脅していた。
確かにハルヒは常識的だ。それに前にハルヒに言ってしまった、長門が悩んでいる事、引越しをしなくてはならない可能性があった事がまた、ハルヒがそう思う後押しをしてしまうことだろう。
為すすべなく俺はまた携帯を、ポケットにしまった。
その時に、長門の図書カードが俺の手に触れる。
……長門。
これに、どんなメッセージをこめたんだよ。もっとわかりやすく言葉で言ってくれよ。
俺たちは人間は、言葉でしか理解出来ないんだよ。
「それでは、無駄な行動はやめて、お帰りになった方がよろしいですよ。これは長門さんの希望なんですから」
彼女はそれだけ言うと、マンションの中に入っていった。
馬鹿みたいに呆然としていた俺は、喜緑さんがいなくなった後もずっと閉じない自動ドアに気づいて我に返った。
なんだこれは。
これは、ドアのすぐ外側に人がいても、閉じてしまうタイプの自動ドアじゃなかったのか。
思わず体を滑り込ませる。俺がマンションに入るのを待っていたかのように、自動ドアは静かにしまった。
しかし深く考えている暇はない。
昇りボタンをイライラと何度も連打し、ようやく来たエレベーターの中に躍り込む。
7階を押して、まっすぐに長門の部屋の前に辿り着いた。
一瞬呼び出しチャイムを押そうとしたが、何となく止めてノブを回してみた。……軽い感覚を手に伝えて、ノブは引っかかる事なく回った。
「長門!!!」
玄関で靴を投げ捨てるように脱ぎ、叫ぶようにして部屋の中に上がり込む。
長門は、食べ散らかしたままの賑やかなコタツ机に、うつぶせになっていたが、俺の声にはっと体を起こして俺を見つめた。
その表情は、俺には信じられない物を見たような顔に見えた。
「なぜ」
「それはこっちの台詞だ。なんでいなくなろうとするんだよ」
図書カードを長門に付きつけた。そろそろと長門はそれに片手をのばしかけてから、手を引っ込めて俯いた。
「わたしは……不適任」
長門は小さな声でそう言った。
不適任?何がだ。
「わたしの役割は、涼宮ハルヒの観察。それ以下でもそれ以上でもない」
確かに最初に出会った時はそう言っていた。
「しかし今のわたしには、観察を行うことに困難を感じている」
長門はそう言って黙った。俯いて座り込んでいる小さな長門は、いっそう小さく見えた。
しかし馬鹿な俺には、長門が何に悩んでいるのかさっぱりわからない。
「どうしたんだ長門、俺に出来る事があれば言ってくれ。古泉だって力になってくれる。独りで悩んで答えを出さないでくれ」
長門の目線に合わせようと、屈んだ俺から顔を背けるように、長門は体を捻って後ろを向く。
「ように」じゃないな、これ。完全に俺は否定されている。俺は何かしてしまったのだろうか。
二月に訳もわからず朝比奈さんに叱られた事を思い出す。
「どうにもできない」
否定は、長門の口から言葉としてはっきりとした形になった。本当に何をしたんだ、俺。
歯噛みしていると、長門は思いもしない言葉を口に出した。
「わたしは……あなたといると、あなたの事ばかり考えてしまう」
……長門?
「あなたが涼宮ハルヒと一緒にいることで、胸部に痛みを感じ、観測を続行するのが難しくなる」
何を言っているのか、理解出来なかった。
頭の中で長門の言葉を反芻する。
「これでは役割をこなすことに支障をきたす為、自分の存在を解除してもらう旨を申請した」
俺の頭の中に、キラキラした砂となって消えてしまった朝倉の姿が浮かんだ。
長門が消える?朝倉みたいに?
朝倉は、長門が消した。じゃあ誰が長門を消すんだ?
……俺は、ついさっきそこで喜緑さんに出会った事を思い出す。
「さぁ長門さん、そろそろ時間です」
そしてそんな不安が呼び声になったのか、あの上級生が長門の背後に立っていた。
長門がその声に頷いたのを見た瞬間、俺は何も考えられなくなっていた。
ただ長門を離したくない一心だったと思う。長門と喜緑さんの間に入り、座り込んでいた長門を覆うようにして抱きしめた。
「どうして邪魔するんですか?」
喜緑さんが不思議そうに尋ねるが、そんな台詞が俺には頭にくる。
「どうしてもこうしてもねぇ。長門がいなくなるなんて、俺は納得できない」
「あなたにそんな権利はありません。全て長門さんの意思ですから」
「だから、俺は長門を説得するんだ」
「なんでそんなに一生懸命なんです?長門さんがいないと事件に対処出来ないからですか?」
喜緑さんの言葉に俺は激昂した。
確かに俺は長門に頼りきりな面も多かった。正直言えば、この怒りは、痛いところを付かれたその反動もあったと思う。しかし、それだけなんてことが、もちろんあるわけがなかった。
「そんなわけあるかよっ。長門だからだ。……俺は、長門がいなくなるなんて、想像なんか出来ない」
長門が静かにいつものように本を読んでいてくれる、その事が俺の中での安心毛布みたいなものだ。
腕の中の長門が、少しだけ震えた気がした。
「それは長門さん個人に好意があると受け取ってもよろしいんでしょうか?」
喜緑さんの言葉に少しだけ考える。しかし答えは決まっていた。こんなにも長門が気になる理由、心配になる理由が他にある訳がない。
いくら鈍い俺だって、ここまで追い込まれれば、気づくってもんだ。
「当たり前だ。好きに決まってるだろうっ」
「嘘です」
俺の言葉をあっさりと却下した喜緑さんに、俺はまた怒りをぶつけた。
「嘘なわけない!」
叫ぶような俺の声に、あんまりにものんびりとした言葉が被るように続く。
「いえ、長門さんがいなくなるってことが、嘘です」
……は?
腕の中の長門も、その言葉に体をぴくっと動かした。
「たった一人の有機生命体が感情を揺り動かすから、任務を解いて欲しいなどといった理由が、情報統合思念体に通じるわけがありません。そもそもの申請は、わたしの所でストップしてあります」
長門は俯いていた顔をあげ、喜緑さんの顔をじっとみつめた。
「それは……本当?」
「ええ。第一、彼のことで胸が痛いというとかいう状態、今はどうですか?」
長門は俺の腕の中で身じろぎをし、手を自分の胸に当ててから
「痛くない」
と答えた。
「そうでしょうとも。あなたが考えているより、この問題はずっと単純なことなんですよ」
喜緑さんは意味深げに微笑んだ。
「たった一言、好きと言われれば治ってしまう。そんな簡単なことなんです。今日はこの地上では嘘をついて良い日と聞きましたので、わたしも便乗させていただきました」
そしてもう仕事は終わったとばかりに、部屋から出て行ってしまった。
俺を炊き付けたのも、自動ドアを開けたのも、長門の部屋の鍵を開けたのも、全部あの人の仕業だったのか。
結局俺は、最初から最後まで、喜緑さんに踊らされていたってわけか。
「でも良かった。本当にあせったぞ、長門」
俺は長門とひっついたままだったことを思い出し、離れようとしたが、こわごわと長門の手が俺の背に回されたことでそのきっかけを失うことになった。
「今だけでいい。もう少しこのままで……」
長門の言葉に、俺は彼女を強く抱きしめる事で答えた。
確かに簡単なことなのだ。
長門は俺に恋心を抱いてしまった、ただそんな誰でもかかる病のようなもので、そして俺は、その病の治し方をきっと知っている。
「図書カードは、返すからな。それから明日、長門の誕生日プレゼントを買いに行くから、駅前に9時集合だ」
「……誕生日は嘘」
「このままでいたいってのも嘘なのか?」
俺の言葉に、長門は首を横に振る。
「じゃあ問題ないな。長門にプレゼントを買いに行こう。何でもない日のプレゼントってのが、地球にはあるんだ」
長門は小さく頷いた。
きっとそういう小さな事で治っていく。触れ合ったこのぬくもりが治していく。
これが正しい事かはわからない。でもこれは、きっと大切なことだ。
この不器用な宇宙人を、大事にしようと、心のそこから俺は思ったのだった。