作品

概要

作者子持ちししゃも
作品名長門さんの感情表現
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2009-03-29 (日) 01:18:18

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

 梅雨である。
 他の地域は知らないが、ここらでは、まるで神様が数時間おきにサイコロを振って「奇数が出たから雨にしよう」といった感じの気まぐれさでもって、降ったり止んだりを繰り返す鬱陶しい毎日が続いている。
 しかもこの季節を乗り切っても、年毎にひどくなっていく暑い暑い夏が待っている訳で、全くもって憂鬱な季節である。
 しかし今はまだ、そろそろ暑さを感じる日があったとしても、今のように雨が降っていると、肌寒ささえ感じる。
 だから、好き好んでバニースーツなんぞを着ているのは俺の感覚ではとうてい理解し難いのであった。そりゃそうだろう?

 

「夏前にクリーニングに出そうと思ったのよ。全然出してなかったし。カビでも生えたらがっかりでしょ」
 それは感心な心がけだが、それが今その格好をしている理由に何が関係するのか教えてくれ。
「クリーニングに出すなら、少しでも着ておかないとなんだかもったいないじゃない」
 さいですか。
 古ぼけた文芸部室には、場違いとしか言いようがない、赤いウサギと黒いウサギがいた。
 可哀想に赤ウサギさんであるところの朝比奈さんは、かたかた震えていてお盆を持つ手が揺れて危なっかしい。
 ああ、俺が温めてさしあげたいです、朝比奈さん。

 

「しっかしみくるちゃんは、ウサギって感じよねぇ」
 色違いではあるものの、まったく同じ格好をしている筈の黒ウサギであるハルヒは、寒さなぞ気にもとめないようだ。団長席であぐらをかき、朝比奈さんをじっと見つめながらそんな事をつぶやいている。元気だな。

 

「確かに朝比奈さんは、小動物系のイメージがありますね」
 イエスマン古泉は、俺の打った碁石を見つめ、首をひねりながらもそつなく同意している。
「え、あ、そうなんですか?」
 朝比奈さんは寒さで震える手で、お茶をふるふると揺らしながら差し出してくれた。俺はお礼を言いながら慌てて両手でお茶を受け取る。
「そうですね、ウサギとか……、あとは齧歯目系のリスとかハムスターなんかもイメージに近いような気がします」
 確かに否定はしない。思わず守ってあげたくなるような可愛らしさと、くりくり目の破壊力バツグンな感じは確かに彼女に当てはまる気がする。

 

「うんうん、それで古泉君は……そうね、キリンかしら」
 ハルヒが言った言葉に、古泉は動揺したようだ。碁石を置く場所がずれている。
「人を喩えるのに、キリンってのはどうかと思うぞ。首長いくらいしか特徴が思いだせん」
「何言ってるの、その進化の方向性がユニークなんじゃない。首をあそこまで長くした動物なんて恐竜以外にはキリンくらいなもんよ?」
 まぁ、そう言われればそんな気もするが、進化の方向性というものがこういう話をしている時に出てくる言葉とも思えないが。

 

「草食動物同士で同じ食物を奪い合わない様に、そういった方法で回避するなんて、頭いいと思わない?独創的よ」
 それなら食べる量を少なくしたり、住む場所を変えたりする方がベクトルとして楽だと思うけどな。
「それに意外と足早かったりするのよ。ライオンにキックで立ち向かったりね。まぁやっぱり、唯一無二ってところがいいわね」
 べた褒めだな。古泉は既にいつものスマイルを取り戻し……というか、いつもより嬉しそうにも見える。
「それはそれは光栄です」
 まぁハルヒらしい喩え方かもしれない。しかし俺はキリンなんぞに喩えられて喜びたくはない。

 

「それじゃあお前は、サバンナを牛耳る百獣の王ってとこだな」
 メスに獲物を狩らせているあたりも含めて。
 常に何かを思いつき、散々使役されて苦労させられている俺たちのボスとして、これほどぴったりな動物はおるまい。これらの感想は、無論口には出さない。雉だって鳴かなければ打たれないのだ。
「ふふん、まぁそんなところかしら」
 猫科といっても差し支えないような、くるくると表情の変わる目を細めて、まんざらでもなさそうにハルヒは笑う。そしてこう言い放った。

 

「あんたはナマケモノね」
 ……。まぁ、言うと思ったけどな。
「普通に寝ると冬眠状態になれるなんて、それこそ独創的じゃないのか。基礎代謝が少ない、これすなわちエコロジー。地球に優しいぞ。省エネ万歳」
「なに言ってるのよ。年中冬眠してるなんて、それこそ生き物としてどうなの?メリハリというものを付けなさい」
 いや、そもそも俺はナマケモノじゃないんだが。ハルヒは俺をねめつけるように眺め、そしてふと思い出したようにその視線を窓辺に持っていき、そこで大人しく本を読んでいる長門を、いい獲物を見つけたサバンナの王の眼で捉えた。

 

「有希はそうね……。猫か犬だと思うんだけど、イマイチ絞り込めないのよね」
 確かに長門のそっけない態度は猫っぽい気もする。しかし犬と言われれば言われるだけの理由もいくつかあげられる。
 ハルヒは頬杖をついてジト目で長門を頭のてっぺんから足の先まで見つめた。なんだかセクハラ親父っぽいぞ。
「似合うのは猫って気もするんだけど、犬もいいわよね」
 そしてにやりと笑う。おいおい、何を想像してるんだ。
「いやほらさ、有希の感情表現って少ないじゃない?犬のような尻尾があればさ、少しはわかりやすくていいかな、なんて思って」
 ハルヒの言葉に、俺は犬尻尾の付いた長門を想像してしまい、
「……それはまぁ、一度見てみたくはあるかな」
 なんて、思わず同意してしまった。
 俺はこの時、全力で否定しておくべきだったのだ。
 しかし昔の人はよく言ったもので、後悔は後にするから後悔であり、先に立たないものなのである。
 全く日本語は良く出来ている。

 

 翌日。
 昼休みに谷口、国木田と弁当でも食おうかと、席を立った矢先のことだ。
 クラスの女子がざわめいたので何事かと思ったら、戸口に立っていた古泉のやつと目が合ってしまった。
 思わず目をそらして、何事も無かったかのように谷口と国木田の側まで行き、弁当を広げようとしたところで、古泉はクラスの中まで入ってきた。
「ご友人方すみませんが、彼をお借りいたします」
 にやにや笑いの谷口と、にっこり笑って手を振る国木田に見送られ、俺は古泉に連行されることになってしまっていた。
 しょうがないので、古泉に促されるまま弁当を手に持ち、忌々しい長身の優男の後を歩く。やれやれである。
「何の用だ」
「部室に来ていただければすぐにわかりますよ」
 ほどなく部室棟に辿りつく。古泉がノックをすると、中から可愛らしい「はぁ〜い」という返事が頼りなく飛んでくる。
 朝比奈さんも呼び出しか。こりゃ何か面倒な事が起きたなと、俺の気分は今日の天気のように低気圧の下り坂だ。さしずめ現時点での気圧の中心はこの文芸部室であろう。弁当もまずくなるってもんである。
 部下の責任を取ってお得意様に怒られる為に、相手先に向かうサラリーマンのように俺は肩を落として部室に入り、いつもの席に弁当を置いて、長門の姿を見て俺は盛大に固まることになる。

 

「……今日の用事はそれか」
 古泉は頷いた。
 俺は思わず目頭を押さえてしまう。なんという短絡的な思考なのだろう。というか、ハルヒは本当にこんなことを真剣に願ったというのか。

 

 長門に犬の耳と尻尾が生えていた。
 バニースーツについている、ウサ耳カチューシャが犬耳になったような位置に、白い犬の耳がくっついている。子犬のように先が垂れ下がっている所が愛らしい。
 そして犬の尻尾である。スカートの外にふさふさとした感じの可愛らしい尻尾が飛び出ている。とてもさわり心地が良さそうだが、スカートに穴でもあけているのだろうか。

 

「スカートの中にあると、座った時に不具合があるので穴を空けて出している」
 そうか。
 しかしその格好で学校に来たのか、長門よ。
「情報操作を行って、他の人間には普通に見えるようにしている」
 なるほど。

 

「とりあえず、皆さん食事でもとりながら話しませんか?」
 古泉の言葉に、俺たちは机にそれぞれの弁当を広げ、着席した。俺と朝比奈さんは弁当で、古泉と長門は購買で買ったパンだった。
 しかしこうやってみんなで食べるのは珍しいな。
「そうですね。でも出来ればこのような状況ではなく、もう少し落ち着いた状態で涼宮さんを含めて食べたいものですね」
 古泉が言う。それもそうだな。今度提案してみるか。

 

「本日の早朝に、このような身体的変化が現れた。涼宮ハルヒによる無意識下での願望だと思われる」
 長門がパンをちびちびと食べる合間にそう言う。パンはたった2個である。足りるのか心配になる。
「それ、取り外しは出来ないんですか?」
 朝比奈さんは、イメージ通りのカラフルなお弁当である。わざわざ星型に切り抜かれた人参を箸でつまみながら長門に言うが、長門は首を横に振った。
「お前の力で、消しちゃう事は出来るんだろう?」
 俺が言うと、
「可能。しかし涼宮ハルヒの願望である為、わたしの独断で外すことは適切ではないと判断した」
 そういって、またパンを口にしてもくもくと食べている。ハムスター系も似合いそうな食べ方だった。
「他に被害が及ばないうちに、涼宮さんにこのような事は意味がないと思わせなければならない訳ということです」
 古泉の言葉に頭を抱えたくなる俺。またいつものパターンか。
 しかしまた、えらく頭の痛い状況だな。長門に犬耳と尻尾が付いたという、間抜けな状況がまた泣かせる。というか、あまりに愛らしいその姿に、真面目に考える気も失せるってものだ。
 俺はこう見えても、犬猫には弱いのだ。

 

「あ、お湯が沸きました。お茶を淹れますね」
 朝比奈さんは、湯気を噴いて一生懸命存在を主張していた電気ポットが大人しくなったのを見て席を立つ。まだ数口しか食べておられないようなので、一瞬俺が変わろうかと思ったが、自分で淹れても全然美味くないので言うのは止めた。
 同じものを飲むなら、美味しくいただきたいと思うのが人間の性である。

 

「しかしハルヒにこの姿を見せるのもなぁ」
 机を挟んで向かいに座った長門を見ながら、俺はため息を付く。どうやってハルヒのやつに説明をするのだ。取り外しも出来ない。しかもとても作り物に見えないリアル感たっぷりな代物だぞ?
「そこなんですよね。涼宮さんなら興味を持ち、あるいは自分も付けたいと言い出しかねません」
「そこで外せない事がわかったらアウトだな」
 しかしそんなリスクを犯すなら、最初から見えてない方が全然楽な気がするぞ。

 

「それに長門に犬耳がいいといったのも、昨日バニーを着たからだと思うし、一過性な思いつきだと思うから、今日には忘れてるんじゃないのか」
 それなら、長門の力ですっぱりなくしてしまっても問題ないと思う。それに興味がなくなるまで、誰からも見えなくしておくとか。
「しかし、長門さんに犬の耳や尻尾が付いている現状を踏まえますと、やはり願望はあると思います。これが長門さんに存在しているからこそ、なんとか一般の方の目からごまかすことは出来ていますが、これが僕の首が伸びたりした日には、目もあてられません」
 全く困ったことです、と古泉は肩をすくめる。
 首を長くした古泉を想像して、ついついにやけてしまった俺に、古泉は情けない顔を向けた。

 

「お茶をどうぞ〜」
 お茶を淹れ終わった朝比奈さんが、俺と古泉の間に湯飲みを置いてくれた。
 いつもいつもありがとうございます。特にお弁当にお茶というのは最高の組み合わせですね。これから毎日ここで弁当を食いたいくらいです。
 俺の言葉に朝比奈さんは花を咲かせるような笑顔をくれた。ああ、今日も素晴らしい癒し具合です、朝比奈さん。
 彼女は今度は長門と自分の席の間にお茶を置いた。長門はいつもの通り表情も変えず無言でそれを受け取る。
 が、異変に気付くのに、俺たちはさほど時間がかからなかった。
 
 なんと、長門の白い尻尾が、ぱたぱたと動いているでないか。
 朝比奈さんは、目を丸くして空になったお盆を口元に当てている。古泉までも、驚いた表情をその顔に張り付かせていた。
 俺は確認をする為にも、思いついた事をしてみた。
「長門、卵焼き食べるか?」
 弁当から卵焼きを選んで、長門に箸を伸ばした。長門はこくりと頷くと、顔をこちらに近づけてその卵焼きをぱくりと口に入れる。
 表情を変えない長門の尻尾は、先ほどよりも大きく揺れていた。

 

「いやはや、これはこれは」
 古泉が感心したように言う。
「これもハルヒの願望だっていうのか」
「そのようですね」
 長門の感情表現が見たい。それがその願望の一端であるというのか。
 席についた朝比奈さんは、何を思ったのか、猛獣に餌を与える役を与えたれた新卒の飼育係のようにびくびくしながらも、長門に自分の弁当からミートボールなり、小さく握られた俵型のおにぎりなどを与え始めている。
 もちろんなのかそうでないのかは良く分からないが、長門の尻尾は振られまくりだ。

 

「長門、嬉しいのか?」
 俺の言葉に、長門は少し首を傾げた後、
「常態よりも快いと感じる」
 と答えた。
 長門よ、俺はその感覚を一言で言える言葉を知っているぞ。というか、聞くときに既に使っているのだが。

 

「なるほど。実際の犬のように、感情と尻尾がダイレクトに繋がっているという訳ですね。それと長門さん、その尻尾を自分の意思で動かすことは出来ますか?」
「意識すれば可能」
 ということは、今は意識をしていないということか。
 ……純粋に、お茶と卵焼きが嬉しかったと受け取っていいんだろう。何だか、可愛いなと俺は思ってしまった。

 

「じゃあ、動きそうな時に止めることは出来るのか?」
 俺の問いに、長門はしばらく固まっている。
 大きく動いていた尻尾が、ぱた、ぱたと小刻みに小さく震える程度には落ち着いたものの、完全には止まらなかった。
「難しい」
 長門は首を傾げた。
「長門にしては珍しいな」
「わたしの内部に発生するエラーと直結しているように思える。わたしはこのエラーを対処することが出来ない為、制御が難しいと思われる」

 

 ……そうか。
 犬の尻尾は喜びや悲しみ、脅え何かの感情がダイレクトに表れるところだからな。
 そういった感情をエラーと認識している長門には、難しいことなのかもしれない。というか、尻尾の動きを抑えるということは、長門に生まれた感情を抑えるということに他ならないのか。
 それはなるべく避けなくてはいけないだろう。
 俺の考えを聞いた古泉は、少し腕を組んで考えているような様子をした後、
「この現状を踏まえた上で、少し考えがないでもないのですが」
 と言った。
「なんだ、いい言い訳があるのか」
 古泉が話した作戦に、俺達は乗ることにした。

 
 

「新発売になる犬耳型感情表現アクセサリーのモニターになった?」
 ハルヒはあんぐりと口を開けて、長門の姿を見ている。
「ほら、これが説明書だ」

 

 古泉が立案し長門があっという間に作った偽チラシを、俺はハルヒに手渡した。
 そこには、モニターに選ばれた事、犬耳には個人情報が入力されており、その情報と脳波を採取して尻尾にデータを送信し、解析された感情を動きで表現することを云々が書かれていた。
 以上の理由で、第三者に使わせるな、後はモニターが終わったら返してね、というようなことが回りくどく連ねてある。
 犬耳や尻尾の写真入りで綺麗に作ってあり、じっくり見ても企業がきちんと作ったように見える。
 さすが長門だ。
 それから長門の頭には、朝比奈さんの案で、ハルヒのやつのようにカチューシャ状にリボンを巻いて、そのリボンから犬耳が生えているかのように見せかけていた。

 

「以前ネットで応募していたものが、昨日届いたそうですよ。丁度涼宮さんが動物に喩える話をしていたので、持ってきてくれたそうです」
 我関せずに本を読んでいる長門の替わりに、古泉が説明をした。
 タイムリー過ぎて、胡散臭さしか感じない嘘八百なのだが、面白い物をみつけた時のハルヒは、そんなことは一切考えないのであった。
 この性格は、ありがたいのか迷惑なのか良くわからんな。

 

「なんてすごい偶然なの!昨日の今日で有希の犬耳姿が見られるなんて!それに良く似合うわ!有希!」
 光の速さで上機嫌である。もしかしたら光を超えているかも知れん。将来は宇宙開発に携わればいい。
「涼宮さん、涼宮さん、見ていてくださいね」
 朝比奈さんも嬉しそうに、長門にお茶を差し出してみたりする。そして長門は無言でそれを受け取りながらも、やはり先ほどのように尻尾がはたはたと動き、ハルヒと朝比奈さんは、懐き始めた野良犬を見るかのように、手を取り合って喜んだりしたのだった。
「あーもうなによ、有希。そんな顔して本当は嬉しいのね!まったく可愛いんだからっ」
 そしてあっという間に部室から出て行き、お菓子を山ほど買って戻ってきて、先ほどの朝比奈さんのようにそれらを与えては、尻尾がどれだけ揺れただのなんだのと言って大喜びするのである。

 

 しかしそれだけ喜んだら、
「もう、無茶苦茶可愛いわっ!その犬耳、今後も部活中はずっと付けてなさいよ!」
 ……やはり、だ。なんて想像通りなんだ。
「でもなハルヒ、これはモニターであって、いつかは返さなくちゃいけないものなんだぞ」
「モニター期間は一週間」
 俺の言葉に、長門が補足をしてくれる。これも先ほど決めておいた項目だ。
「まぁしょうがないわね。でも製品版が出来たら即行で買うわよっ」
「おいおい、もしかしたら市販化されないかもしれないじゃないか」
「そんな事ないわよ、こんな面白いもの。ぜっったい、商品化されるわっ!」
 ハルヒが明確に市販化されるイメージを持ったら最後、どこかの企業が市販化してしまうかもしれない。
 下手したら街中に犬耳を付けた人で溢れかえるかもしれない。
 ……って、そこらへんは別に問題ないのか?
 ともかく、長門の犬耳さえ無事に外れれば良いのだ。多分。

 

 さて次の日は土曜日であり、ハルヒによるハルヒの為のハルヒ以外の人間を疲弊させる会の開催である。
 俺がまた最後だったりするのは、もう毎回の事なので省略する。毎回ながらも、財布が痛いのにはこれっぽっちも慣れないのだが。
 長門は当然ながら、犬耳と尻尾付きである。まぁ本人がどこまで気にしているかはわからない。さらに言えば、今日は俺達以外にも見えているそうだ。
 そういえばいつもの喫茶店で水を持ってきたウェイトレスが、長門を見て一瞬固まっていたな。
 長門には悪いが、俺や古泉でなくて本当に良かったと思わずにはいられないのである。

 

「さて今日もクジ引くわよ、クジ……と思ったけど止めたわ」
 クジを出しかけた所で、ハルヒがクジをそのまましまいこんでそう言った。
 珍しい事もあるものである。
「せっかく可愛い有希がいるのに、同じ組にならなかったらつまんないもん」
 なるほど。そういえばこいつは割合常識的なのだったな。

 

 長門と一緒になりたいと思えば思うほど、一緒になれないと思う気持ちが強くなる。そんな気持ちがハルヒの力を具現化させて、実際に別の組にしてしまうとは、古泉の弁だ。
 俺とハルヒでの2人きりのペアの記憶がないのは、そういった理由なのかとかいう血迷った考えが一瞬よぎってしまいそうになるのを、俺は無理矢理追い払って長門を見た。
 小さな宇宙人は、無言で抹茶オレを飲んでいるが、その尻尾は軽く動いていた。

 

 思えば俺は、考えが甘かったかもしれない。
 いや、いつだって俺の浅学で思いつくことなどは、遠浅の海のごとくどこまで行っても膝丈の深さなのだ。浅さに喜んで夢中で遊んでいたら、気付くと回り一面海で陸地がどこかわからなくなっているという寸法だ。情けない。

 

 珍しく五人でぞろぞろと駅前を練り歩く。
 ハルヒが先んじて、あのソフトクリームが美味いだの、あのお店のメロンパンが最高だの、ここのタコヤキが絶品だの、色んなものを買っては長門に食べさせて尻尾を振らせたりしている姿は、飼い始めたばかりのペットを溺愛する飼い主にも見えて、ある意味微笑ましい風景だ。
 ただ、「おっ、今日は仮装している子にはサービスで1個無料だよっ」という、ハロウィンでもないのにそんな割引が、行く店行く店で行われているのが俺の背筋を寒くする。
 というかだね、実際いるわけなのだ。
 猫耳や犬耳、さらにはウサギ耳を付けて歩いている人達が。

 

「おい、古泉、これはもしかしなくてもあいつの仕業なのか」
「予想以上に気に入っておられるようですね」
 古泉が困ったように笑った。
 大した実害はないようには思える。しかし、実際世界がおかしくなっているという点はごまかせない。そのうち飽きて忘れてしまうという案は、俺の財布をかけてもいいが、俺は自分自身が犬耳や猫耳を付けるのと、似合わない男共が付けるのを見る事は断固拒否したいという点も外せない。

 

「そんな単純な問題じゃないと思いますよ」
「なんだ」
「涼宮さんがこの装置を広く普及させたいと感じた結果が、彼らの動物の耳や尻尾であるというのなら、あれらも長門さんと同じ機能を持っている筈です。そしてあれをつけた人間は、望む望まざるに関わらず、自分の感情をあからさまに他人に披露してしまうということです」
 古泉は笑いながら、少しだけ眉をひそめた。
「心の中身を丸写しなんて、ぞっとしないと思いませんか?」
 確かに、同意せざるを得なかった。

 

 結局、午前の探索はハルヒと長門と朝比奈さんが、いちゃいちゃしているのを見ていただけのような気がする。
 昼食に行った店で、ハルヒがトイレに席を立った隙に作戦会議である。
「長門、やっぱりまずい。色々まずい。尻尾を動かすのを少し頑張って抑えてくれないか」
「長門さんすみませんが、よろしくお願いします」
 前にこれだけは避けなくてはいけないと思った事だが、ここまでハルヒがノリノリだと、そうも言ってはいられなくなっている。
 俺と古泉の台詞に、朝比奈さんは残念そうに綺麗な眉を八の字にして眺めてる。
「すまないが、よろしくな、長門」
 長門はじっと俺をみつめた後、コクンと首を縦にふるが、どうしてだか尻尾はパタパタと振られているのだった。
 大丈夫か、長門。
「しっぱい」
 頑張ってくれ。俺に出来る事は、祈ることばかりである。

 

「あれ?なんか調子悪い?その機械」
 色々食べ歩いたというのに、がっつりとオムライスハンバーグなんぞを頼んだハルヒは、また長門に餌付けを始めていた。
 細かく切ったハンバーグを長門の口元に運ぶが、尻尾はぴくぴくと痙攣するように動くだけで、先ほどのように大きくは振られていない。しかしその細かい震えは、長門が必死に押さえ込んでいるのが見えてなんだか気の毒になる。
 が、頑張れ、長門。

 

「今日ずっと尻尾振らせっぱなしだろ。超過稼動で機械の方だっておかしくなったりもするんじゃないのか」
「つまんないの。まぁ、少し休ませたら直るかしら」
「だから少し、長門が喜びそうな事は控えた方がいいと思うぞ」
「うーん、そうねぇ。我慢するかな」
 長門の口元へ運んでいたスプーンが、直前でUターンしハルヒの口の中に吸い込まれていく。長門がちょっとだけ恨めしそうな顔でこっちを見たが、俺は気にしない事にした。

 

「それじゃ、午後もみんなで回るわよ!いいわね!」
 挿されているストローを無視して、直接コップに口をつけて豪快にカフェオレを一気飲みした後、ハルヒが高らかに宣言した。もちろん反対する人間がいる訳もなく、結局またハルヒの先導でぶらぶらと街を歩くだけである。
 喜ばすのをやめろと言った側から、「もう大丈夫かしら」とホットドックやら、大判焼きやらを買っては与え、本屋に連れて行き、古本屋へ誘うのである。
 長門の犬耳も尻尾も力なく垂れ下がり、ぴくぴくと細かく痙攣をしている。

 

「なんとか涼宮さんの気持ちを別方向に向けないと、長門さんが心配ですね」
 しかし通いなれた駅周辺。今更ハルヒの興味を引くような面白い事が転がっているわけもなく、尻尾を振るのを我慢している長門の白い顔は、白を通り越して青白いような気がする。
 そういう視点で見れば、歩き方もどこかおぼつかない感じで、ふわふわと頼りなく見える。
 って、本当に具合悪いのか?

 

「ちょっと待て、ハルヒ」
 フレッシュジュースのお店に向かって突き進んでいたハルヒを止める。
 ハルヒは面白い事を思いついたけれど、親に大人しくしていろと言われた子供のような顔をして、振り向いた。
「何よキョン」
 腰に手を当てて仁王立ちである。そのポーズ、恐ろしく似合ってるぞ。しかし今論ずべき点はもちろんそこではない。

 

「長門、大丈夫か?」
 ふらふらとハルヒの後に着いていた長門の腕を取り、歩くのを止めさせた。その瞬間長門の小さな体が傾く。慌てて両腕で彼女を支えた。
「有希?!」
「長門さん?」
 ハルヒも異常に気付いたのだろう、慌てて長門の元へ駆け寄った。古泉も一拍遅れて近寄る。朝比奈さんはおろおろしている。
「長門、大丈夫か?」
 長門はぐったりとした様子で、俺にもたれかかったまま小さく頷いた。
 
「さっきまで元気だったのに……、有希、どこか痛いの?」
 ハルヒが長門の顔を覗き見る。長門は首を振るが、力が入っていない様子で逆に不安にさせる。
「でも良く気付いたわね、キョン」
 長門の額に手を当てたり、脈を診たりしながらハルヒが呟いた。
「お前は尻尾ばっかり気にしすぎだ」
 俺の言葉にハルヒは頬を膨らます。
「だって有希の気持ちが、少しだけわかった気がして嬉しかったんだもん」

 

 ……ハルヒもハルヒなりに、長門の事を理解したいと思っているのは解かる。しかしこういう方法で知ることは、間違っているんだ、ハルヒ。
「確かにこのおもちゃで、長門の気持ちが垣間見えたかもしれない。でもそんなもの無くても、今までだって長門とやっていけてただろ」
「……でも」
 この流れで、犬尻尾で気持ちがわかる事の不自然さに気付いてくれればいいとは思ったけど、ハルヒはまだ名残惜しそうだった。

 

「長門さん、タクシーを呼びましょうか」
 朝比奈さんがおろおろとあたりを見回しながら言った。タクシーを探しているのだろう。
「……問題ない。もうだいじょうぶ」
 長門は俺にすがりついた手を離し、きっぱりと言う。
「でも長門さん、まだそんなに顔が青いですよ……?」
 朝比奈さんの言葉に、長門は首を横に振る。言い出したら聞かないのも長門だ。まだ頼りない足取りで歩き始める。

 

 その長門の手を、俺は後ろから掴んだ。
「じゃあ俺、長門をマンションまで送っていくわ」
 長門は明らかに大丈夫じゃない。
 しかしこいつは、体に何本も槍が刺さっても「だいじょうぶ」という奴なのを俺は知っている。
 長門は振り返ると、その磨きこまれた鏡のような瞳で、俺をじっと見つめている。
「有希……?」
 ハルヒが怪訝そうな声を立てる。
 それは俺の行為に対してではない。この、長門の下半身から聞こえる、ハタハタという音に、だった。
 長門の尻尾が、揺れていた。
 一瞬みんな固まっていた気がする。長門の尻尾と制服のスカートが触れて出る、ハタハタという音だけが時間の経過を知らせるのみである。

 

「まだ尻尾調子悪いみたいですね。こんな具合の悪い時に動くなんて」
 俺には長い時間に思えたが、実際は短かったのであろうその沈黙は、古泉が言った台詞で打ち破られた。その台詞に朝比奈さんはほっとしたように息を吐く。
 ハルヒもその言葉でこわばらせた顔を戻し、
「このエロキョン、有希が大丈夫って言ったんだから、とりあえずその手を離したら?」
 と言うが、その声は何故だか氷点下の冷たさに感じる。
 俺は慌てて手を離した。同時に長門の尻尾の動きも止まった。

 

 それを見て何を勘違いしたというのであろう。ハルヒはまるで不機嫌の見本といったような表情をした。そのまま博物館にでも飾れそうだ。
 古泉がハルヒから見えないような位置で、これ以上ハルヒを刺激しないで下さいというようなサインを出し、忌々しいことに俺にはそのサインを解読出来てしまった。しかし俺はそんな古泉を無視することにする。
 ここは、ハルヒを甘やかす場面じゃない。

 

「長門は大丈夫じゃないだろ。こんなに顔色も悪い。長門は自分からは弱音を吐かない。こんなおもちゃに頼らなくたって、そんな事は俺たちが一番知っているだろう?」
 俺の言葉に、ハルヒは虚を付かれた様な表情をした。そして視線を逸らして、
「でも、有希の意思も尊重しないと」
と、呟くように言う。

 

「長門の意思も大事だが、時には周りが頑張り過ぎないようにしてやることも大切だろう」
 長門の手をもう一度取る。
「自転車の後ろに乗れるか?帰るぞ」
 その手を引いて動こうとした時、長門がまた体のバランスを崩した。倒れこむ様にして、長門は俺の胸に抱きついた。
「長門、大丈夫か」
 慌てて抱きとめた俺の耳に聞こえてくるのは、先ほどよりも大きな尻尾の音。
 俺にその身をゆだねている長門の尻尾が、今まで見たこともないくらい激しく振られていた。

 

「制御が、利かない」
 長門が顔を上げ、潤むような瞳が俺を見つめる。長門のいつもの無機質な筈の声が、どこか熱っぽく聞こえる。
 そして唐突に俺は、俺の腕の中にいることに長門が喜びを感じているんじゃないかというような思い上がった事を感じてしまい、そう思い始めたら最後、長門がそう感じてくれているかもしれないという事に無性に嬉しくなってしまったのだ。

 

「有希、もしかして、キョンのことが……」
 ハルヒが何かを小さく呟いたが、俺にはその声が耳には届かなかった。
 どうかしてたんだろうと後では思うのだが、その長門の表情がたまらなく艶っぽくて、思わず彼女をきちんと抱きしめようと背に手を回そうとし、伸ばした手が長門の背中でクロスしようとしたところで、ポンっという軽い音と目の前に沸いた煙で我に返った。

 

 長門の頭から湯気が沸いていた。
 違う。出たのは犬耳からだ。……え?あの耳は、本物じゃなかったっけか?
 四人の視線が集まる中、ゆっくりと犬耳と尻尾が落ちていくところが見えた。
 本物だった筈のそれらは、固い物が地面と当たったかのような音を立てて地面にぶつかり、その衝撃で中身の機械部分が見える程壊れてしまった。

 

 結局、犬耳装置が故障を起こして異常動作に陥り、それが長門にまで悪影響を与えていた解釈で、ハルヒは納得したようだった。古泉に緊急のバイトが入ったことも受け、その後の探索はなし崩し的に解散になった。
 なんというか、お疲れ様。

 

 その後の俺は、長門の「機械が外れたので治った」発言を無視したハルヒの命令で、長門を自転車に乗せて送ることになったのだが、その時に聞いた話だ。

 

「涼宮ハルヒは、感情の露骨な露出というものが、人間関係を築く上で必ずしもプラスにならないということを認識した為、このシステムをなかったことにしたいと願った。それにより、耳と尻尾は涼宮ハルヒの想像した機械装置へと形状が変化し、それが破損することで装置の装着を継続するという事態を回避した」
 あれでどうしてそういう結論になるかは良くわからないがな。
 帰り際、「そんな危なっかしい機械、商品化なんて無謀もいいとこって、しっかりアンケートに書いておくのよ!」とハルヒが叫んでいたので、もう心配は要らないだろう。
 ともかく、そんな風にして今回の騒動はあっという間に収束した。

 

 しかしただ終わっただけではない。
 あれ以来、朝比奈さんは長門に、お茶を嬉しそうに出すようになったのだ。
 長門は相変わらず無表情にそれを受け取るが、時々は朝比奈さんの嬉しそうなオーラにあてられたのかどうか判らないが、僅かに頭を下げてみせたりもする。宇宙人と未来人の距離が、少し縮んだような気がしないでもなく、それはそれで良い兆候だと思ったりもする。

 

 そしてもう一つ。
 あの騒動の次の探索、午前の部が長門と一緒だった。
 別に行くところもないので、いつもの通りに図書館へ向かった所、いつもなら俺の後を音も無く着いてくるはずの長門が、珍しく隣に並んだ。
「現在のわたしは、先週の状況で言うのであれば、尻尾が振られている状態になっていると認識している」
 ああ、そうかい。
 図書館に行けて嬉しいんだな。
 俺の言葉に長門は、じっと俺を覗き込むようにして言うのだった。
 
「行く先ではない。これはクジの組み分けが決定してからずっと」
 思わず足を止めた俺をじっと見つめながら、長門は続けた。

 

「わたしは、あなたと一緒が、嬉しいと感じている?」

 

 想像だにしなかった言葉に、俺はその場で硬直してしまった。そのまま歩みを続けていた長門は、着いてこない俺に振り向き、犬や猫のように目を細めて俺を見つめた。その表情は、俺には長門が微笑んだように見えたのだった。

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:01:27 (2003d)