作品

概要

作者ながといっく
作品名長門さんの日常
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2009-03-09 (月) 21:52:29

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

*このSSは『長門有希に萌えるスレ』で募集したお題SSをまとめたものです。
 お題をくれた方にこの場を借りてお礼を申し上げます。
First theme『チェス』

 

 なんてことのないいつもの放課後。ハルヒが余計な事を言い出さない限り我がSOS団も平穏である。
 もっとも、明日はもはや何度目になるかもわからなくなった不思議探索があるから、今日くらいは大人しくしていてもらわないと割が合わないのだが。

 

 さて、古泉はまだ来ないようだし今日のゲームを選んでおくとしよう。どれで古泉を虐殺するかと考えつつ棚を漁っていると、割と予想外な人物に声をかけられた。
「……それは?」
 いつもなら窓際の指定席で読書をしている宇宙人、長門有希である。その白い手が指さしているのは、指差していたのは棚の端に置かれてある白黒のボードゲーム。
「チェスだよ。お前もルールくらいは知ってるだろ?」
 ルールどころか、長門なら世界チャンピオンとやっても勝てるかもしれないが。
 しかし、返ってきたのは意外な返答だった。
「わからない」
 そういえば、オセロを初めてやったときもルールがまるでわかっていなかったし(それでもすぐに朝比奈さんを圧倒する腕前になったが)、パソコンのマウスを初めて操作したときもずいぶんと見当違いなことをしてたっけ。趣味が読書一辺倒ということもあって、長門も案外知らないことが多いかもしれない。
「じゃあ、古泉も来ないし一勝負やってみるか?」
 無言で頷く長門。気分転換がてら、たまには読書以外のことをやらせてみるのもいいかもしれない。

 

 盤上に駒を並べ、まずは長門に簡単にチェスのルールを説明する。
 キングを取られたら負けということ。ポーンは前にしか進めず、相手の駒の取り方も特殊だということ。ナイトは変則的に動き、ルークとビジョップはそれぞれ縦横と斜めに動けること。そしてクイーンは八方向に動ける最強の駒ということ。
「こんな風に、駒の戦闘力に差を付けることでゲームを面白くしてるんだ。SOS団に例えるなら、古泉はルーク、朝比奈さんはビショップってとこかな。変な方向にばかり進むハルヒはナイトか……いや、取られたら終わりって点ではキングかもしれないな」
 もっとも、あいつがチェスのキングになってしまったら最後、誰かに守られるどころか、ドシドシ敵陣に入り込んでしまってゲームにならないだろうが。
「切り札のクイーンは文句なしで長門だろうな。そんで、一般人の俺はさしずめポーンってとこだ」
「……そう。ルールは理解した」
 盤上を真剣に見つめながら、平坦な声で答える長門。
「よし、じゃあ始めるか」

 

 それから数分後、あっという間に俺のキングは追い詰められていた。
 これが初めてのチェスだなどと誰が信じられよう。数十手先を見据えて打たれているというか、掌の上で遊ばれているかのような圧倒的実力差を感じる。ルールさえ覚えてしまえば、長門には負けるゲームなど存在しないのではないだろうか。
「…………」
 長門が音もなくナイトを俺の陣に侵攻させ、キングにかかる圧力は一層大きくなる。
 後手になるが、こうなっては守りを固めざるをえない。そして、これは感覚的な推測にすぎないが、おそらく盤上はもう詰んでいて、長門も俺の敗北が確定していることを既に知っているのだとは思う。だが、自分がそれに気付けないまま負けを宣言するのは虚しいし、相手にも失礼というものだ。
 もう少しばかり悪あがきをしてみようと盤上を見渡したそのとき、俺は長門のポーンが自陣奥の一つ前にいることに気付いた。
「ああ、長門。一つ言い忘れてたことがあった」
 先程、うっかり教え忘れていたルールがあった。これを教えてしまえば俺は今よりもっと不利になってしまうのだが、黙っているわけにもいくまい。
「チェスにはプロモーションっていうルールがあってな、ポーンが敵陣の最奥までたどり着くと、好きな駒に変えることができるんだ」
 大抵の場合はクイーンに変えるのだが、場合によってはナイトに変えたほうがいい場合もあるらしい。もっとも、この局面ではクイーンに変える以外の選択肢はないだろうが
「……そう」
 さっそく、次の一手でポーンを一つ進める長門。そして当然、ポーンをクイーンに昇格――させなかった。
 長門が予備駒が入ったケースから取り出したのは、最も目立つ王冠が象られた駒……キングだった。
「おい長門、キングにはなれないんだぞ?」
「なぜ?」
 納得できない、とでも言いたげな目で俺を見つめる長門。確かに、好きな駒に変えれるとは言ったが……良くも悪くも素直なのが長門の特徴である。
「何故と言われると困るが、そういうルールなんだよ。王様を取るのが目的のゲームで、王様が増えたら大変だろ?」
「……そう」
 長門は何故か残念そうに呟き、黙ってポーンとクイーンを交換した。

 

 それにしても、何でわざわざキングに変えたのだろう。仮に、キングも変えてよいものだと勘違いしていたとしても、駒の性能という面からすれば、キングはクイーンの下位互換にすぎないというのに。
 微動だにせず盤上を見ている長門を視界に収めながらそんなことを思いつつも、すぐに俺は次の一手へと考えを巡らせることにしたのだった。

 

2nd theme『絵筆』

 

「ありがとう……楽しかった」
 キョンくんにお礼を言う長門さん。顔はいつも通りの無表情だけれど、どことなく嬉しそうに見えました。
「お礼に…これを貸すから読んでほしい」
 そう言って、長門さんはキョンくんに何か本を渡していました。いつも長門さんが読んでいるような、分厚くて難しそうな本ではなくて、ポケットに入るくらいの文庫本サイズの本……小説か何かでしょうか? キョンくんも快く受け取ってました。
 最近、あの二人がすごく仲良しに見えて少し羨ましく思います。

 

 さて、キョンくんは長門さんと入れ替わるようにやってきた古泉君とチェスを始めました。涼宮さんはパソコンをみてウンウン唸っていて、どうやら食べ物屋さんのホームページのようなものを見ているようです。
 みんなにお茶を配り終われば、もうあたしの仕事はありません。前々から思っていたのですが、この何もない時間って退屈です。涼宮さんはインターネット、長門さんは読書、キョンくんと古泉くんはゲーム。皆さんは色々と楽しんでいますけど、あたしは特に何もすることがないのです。
 たまにキョンくんたちのゲームに混ぜてもらうことはあるけれど(古泉くんとはいい勝負になります)、基本は椅子に座っているだけ。
 そこで、あたしにも長門さんみたいな趣味があれば……と思い、最近あたしはお絵かきを始めました。前に文芸部の機関紙を作ったときに、童話の挿絵を描いたことがあったのですが、あの時以来、動物さんの絵を書いたりするのが楽しいんです。書道でもよかったんですけど、こちらの方が気軽にできるので。

 

 棚からパレットとスケッチブックを取り出し、今日は何を描こうかなぁと考えていると、窓辺の椅子に座っている長門さんが、あたしのほうを眺めていることに気づきました。あの黒くて大きな瞳に見つめられるとなんだか緊張します。
「ど、どうしたんですか、長門さん?」
 あたしの言葉に呼応するように、長門さんは立ち上がりって、無言でこちらへ歩いてきました。せめて何か喋ってくれればいいんですけど、やっぱりちょっと怖いです。
「…………」
 ビクビクと及び腰になるあたしを尻目に、無表情であたしの絵筆やパレットを見つめる長門さん。あれ、これって、もしかして。
「長門さん、絵に興味があるんですか?」
 よくわからない、とでも言いたそうに首を傾げる長門さん。前から思ってたんですけど、長門さんはその物静かな見かけによらず、かなり好奇心旺盛なんですよね。
「良かったら、何か描いてみませんか? あたしの絵筆を貸しますから」
 あたしの申し出に頷き、そっと絵筆とパレットを受け取る長門さん。隣の椅子に座らせて、スケッチブックを用意してあげます。

 

 ところが。
「…………」
 しばらく経っても長門さんは絵筆を持って硬直したまま、いっこうに描き始めようとしません。一体どうしたんでしょう?
 そんなあたしの疑問に答えるかのように、
「何を描けばいい?」
 意外な質問に、あたしも戸惑ってしまいました。
 そういえば、長門さんは、三年前に生まれたというお話ですし、もしかしたらあたし達のように「子供の頃にお絵かきをする」という経験がないのかもしれません。
「うーん、そうですねえ……。人でも物でも風景でも、長門さんが描きたいものを書くのが一番いいと思います」
「……そう」
 そう答えてからも、少しの間長門さんは硬直したままでしたが、やがて何かを決心したかのように、すいすいを絵を描き始めました。
 そんな長門さんを見て、あたしも絵を描き始めます。今日は何を描こうかな。

 

「……できた」
 完成した絵を目の前にして、あたしは唖然としていました。
 長門さんの書いた絵はとても上手でした。まるで写真みたいのように繊細で正確で。でも、あたしが驚いたのはそこではないのです。長門さんなら、いきなりこんなすごい絵を描いてもまったく不思議じゃないですから。
 でも……。これ、どうみてもキョンくんの絵ですよね?
 長門さんが描きたいものって……。
 正直言って、なんとなく嫌な予感がします。もし、涼宮さんがこの絵を見てしまったら、とっても大変なことになりそうな気が……あ、そうだ!
「ええと、長門さん!」
「なに?」
 上ずったあたしの声を気にする様子もなく、いつも通りの無表情であたしを見る長門さん。
「この絵、あたしが貰ってもいいですか!?」
 あたしの申し出に、長門さんは少し悩むような仕草を見せます。やっぱりダメでしょうか。そうですよね。長門さんが頑張って描いたキョンくんの絵ですし……。
「いい」
「……え? いいんですか?」
 けれど、返って来たのは意外にも了承の返答で、あたしは逆にびっくりしてしまいました。
「構わない」
「あ、ありがとうございます!」
 本当にありがとうございます、長門さん。ああ、でもこれじゃ申し訳ないです。何かお礼をしないと……。
「ええと、その代わりというわけじゃないですけど、その絵筆、長門さんに差し上げます」
「…………」
 長門さんは少しの間、その手に握られた絵筆をじっと見ていました。
 そして、ゆっくりとあたしの方を見やり、
「……感謝する」
 それは、やっぱりいつもどおりの長門さんだったけれど、なぜだかその声は、とても柔らかいものに感じられました。

 

3rd theme『野球帽』

 

 今日は興味深い一日だった。
 彼とチェスをしたり、朝比奈みくるに勧められて絵を描いてみたりというそれは、ただ本を読むだけの日常とは一線を画するものであった。有機生命体の感情はいまだによく理解できないが、わたしがいま感受しているものこそが、"楽しい"という感情なのだろうか。
 そういえば、朝比奈みくるは何故わたしに絵筆をくれたのだろう。
 彼女は「絵を貰う代わり」と言及していたが、彼女の絵筆を借りて描いた絵なのだから、彼女が所有権を有するのは当然であるのに。不可解なことではあったけれども、不思議と悪い気はしなかった。
 それと、彼は貸した本を面白いと思ってくれるだろうか。平均的な男子高校生が読むような小説を選んだつもりではあるが、本というのは好みがあるものだから、少し不安でもある。
 帰り道、いつものおうに列の最後尾を歩きながらそんなことを考えていると、意外な人物に声をかけられた。

 

「長門さん、ちょっとお話しませんか?」
 声の主は古泉一樹。同年代の地球人一般と比しても明晰といえるであろうその頭脳は、涼宮ハルヒ由来の解決すべき事案が生じた際の大きな戦力である。。
 その属性は"機関"に属する超能力者で、我々との関係は消極的中立。永遠なる平穏を求める彼らと、最終的には変化を求める我々は、本来相容れない存在である。古泉一樹自身も、わたしに親密な態度を示すことは殆ど無いといっていい。
 けれども、わたし個人は古泉一樹を悪く思ってはいない。古泉一樹がわたしにそのような態度をとるのは、先に述べた"所属"の違いという理由が大きいのだろうし、雪山では彼とともにわたしと救ってくれたこともあった。
 その古泉一樹は、普段は彼と話しながら帰るのが常である。今日に限って、わたしとの会話を求める理由はなんだろうか。
 可能性として第一に浮上するのは、涼宮ハルヒ関連の話であるが、この状況ではその蓋然性は低い。何故ならば、涼宮ハルヒと朝比奈みくると彼は談笑しながらわたしたちの前を歩いている。多少の距離があるとはいえ、機密を要する会話に適しているとはいえない。
 そうであるとすれば、通俗的な用語でいうところの「世間話」ということになるのだろうが、今まで古泉一樹がそのような会話を仕掛けてきた前例はない。とはいえ、断る理由もない。ここは、承諾することとしよう。
「なに?」
 頷きを省略し、議題を問う。
 古泉一樹は一度わたしに微笑を浮かべた後、進行方向へと目線を戻し、
「僕は、長門さんが羨ましいです」
 そう述べたのだった。
 真意がつかめない。古泉一樹は何を言いたいのだろう。
「わたしの能力が?」
「いいえ、違います。涼宮さんに愛され、彼に信頼されるあなたがです」
 涼宮ハルヒのことはともかく、彼はあなたを十分に信頼している。彼の性格上、それを口に出すことはないだけである。そう伝えるべきなのだろうか。
 無言のわたしに構わず、古泉一樹は吐き出すように語り始めた。
「……正直に言いますと、初めは涼宮さんたちに関わるのは、任務以外のなにものでもありませんでした」
 それは、わたしも同じ。恐らく朝比奈みくるもそう。けれどもわたしは彼やあなたたちと出会って変われたと感じている。
「だから、仮面を被ることも平気でした」
 仮面――素顔を隠すもの。古泉一樹は自分の性格・行動が演技であることを仄めかしているようだった。なおも無言を貫くわたしを横目に、古泉一樹は言を続ける。
「僕、昔は本当にヤンチャだったんですよ。野球少年で、頭なんか丸刈りにしてね。『物腰穏やかで常に笑顔を絶やさない優等生』だなんて、昔の僕からはまったく想像できないですよ」
 意外、という感覚はなかった。古泉一樹の言動・態度が大人びすぎているということは多少の観察で容易に判断できる。彼と比較すればそれは顕著だ。
「ある意味、涼宮さんや彼を騙しているとも言えますね。何かを隠しているのは皆同じだとしても、僕は自分の性格にまで仮面をかぶっているわけですから」
 彼のいうところの「仮面」の意味をようやく理解する。わたしが人間ではないという事実、朝比奈みくるがこの時代の人間ではないという事実、それは「嘘」だ。けれど、わたしも朝比奈みくるも、彼のいう「仮面」を被ってはいない。わたしも彼女も、自己のパーソナリティを隠すことなく、いまこの場にいるのだから。
「だから、今は仮面を被っていることを恐ろしく感じるんです。僕が仮面を脱ぎすてた時、その僕はSOS団に受け入れてもらえるのだろうか……と」
 古泉一樹の主張はこういうことなのだろう。わたしや朝比奈みくる、そして彼という個体は、涼宮ハルヒが望んだ故に集まったが、古泉一樹は「涼宮ハルヒが望む個体」という仮面を被ることで、涼宮ハルヒに近づいた。故に、仮面を外せば自らは受け入れて貰えないかもしれない、と。
「もっとも素の自分がどのようなものだったか、僕も忘れかけているんですが」
 最後にそう付けくわえる、古泉一樹は自嘲的に笑った。いや、笑ったように見えただけかもしれない。表情は笑っていても、その目は憂いをおびていたから。

 

 その独白に、何故かわたしは不愉快さを感じていた。
 確かに、あなたがそのようなキャラクターであることを涼宮ハルヒは望んだかもしれない。その望みに、あなたが仮面を被ることを強いられたのも事実であろう。
 けれども、今の涼宮ハルヒは、仮にあなたが「仮面」を剥いだとしても、そのあなたを否定することは絶対にない。彼や朝比奈みくるもそうだ。そして、わたしも。
 何より、あなたに付与された「謎の転校生」という属性は、もはや意味をなしていないのだから。

 

 わたしはそれを伝えたかった。でも、上手く言語化できない。
 自分のコミュニケーション能力の乏しさに憤りを抱く。対有機生命体コンタクト用と冠されているのに、わたしは何故こうも不器用に創られたのか。これが個体差なのか、それとも情報統合思念体の限界なのかはわからない。だが、せめて朝倉涼子と同程度の能力があれば、わたしは――。
 気がつくと、わたしは古泉一樹を睨むように見ていた。古泉一樹は一瞬顔を硬直させてわたしを見つたが、
「……ありがとうございます、長門さん」
 いつもの微笑みを向けたのだった。

 

 ――感謝される理由が、わからない。

 
 

 翌日。
 不思議探索での古泉一樹のいでたちには驚かされた。綺麗に整えられていた髪をバッサリと切り、野球帽のようなものを被って表れたのだ。
「お、おい古泉、お前どうかしちまったのか?」
 彼は心底驚いているようで、口をあんぐりと開けて古泉一樹に話しかけている。朝比奈みくるもまた目を見開いて驚愕している。
「あら、古泉くんイメチェン? 意外とそういう男の子っぽい服装も似合うわね。キョンと違ってもとがいいからかしら?」
 しかし涼宮ハルヒだけは、彼に皮肉をいいながらも、概ね好意的な反応を示している。様々な反応を示す団員達に照れながら応じる古泉一樹。
 最後にわたしに視線を向け、
「いかがでしょう?似合ってますか?」
 いつもの柔和な笑みでそう問いかけた。
 返す言葉など、決まっている。

 

「……悪くない」

 

4th theme『畳』

 

 ――眠い。
 何故眠いのかというと、それには二つの理由がある。
 一つは言うまでもなく、涼宮ハルヒSOS団終身名誉団長様によって、休日の朝っぱらから不思議探索の召集をかけられていたこと。
 もう一つは、昨日長門に借りた小説が存外に面白く、柄にもなく夜更かししてしまったからである。十九歳の予備校生と精神科医の年上女性が織りなす悲しい恋物語。凡庸でありきたりな展開ではあるのだが、だからこそ心打たれるものもある。
 読み終えた時は不覚にも目頭が緩くなっていた。「俺もああいう恋愛がしてみたい」などと、そこらのスイーツ女子高生のようなことを思ってしまったことは秘密である。
 それにしても、長門が恋愛小説なんてものを読むとは、正直言って意外だった。てっきり、ミミズがのたくったような文字が踊る難解な専門書やら、六法全書のように分厚いハードカバーの小説しか読まないものだと思っていたからな。
 果たして、長門はあの本を読んでどんな感想を持ったのだろう。単なる「事実の羅列」としてしか認識しなかっただろうか。それとも俺と同じような情動に襲われたのだろうか。
 できれば後者であってほしいと思う。マンションの一室でこっそり目を潤ませている長門なんて、まったくを想像はできないけれども。

 

 とにかくそういうわけで、俺は朝から睡魔と格闘中である。
 バッサリと髪を切り落とした古泉を見たときは流石に眠気が吹っ飛んだが、それも束の間。喫茶店で恒例の組分けクジ終えるころには、再び睡魔率いる屈強な軍勢が侵攻してこようとしていた。
 ところで古泉よ。髪型にも突っ込みたいところだが、その黒地にオレンジでYGマークが描かれた野球帽はいかがなものだろうか。特にこの場所この地域においては。非常にまずいと思うのだが。命が惜しくないのかお前は。

 

 さて、組分けで長門とペアになることができたのはラッキーだった。これがもしハルヒと一緒だったりしたら、東西南北連れ回されて休む暇もなかっただろうし、途中でぶっ倒れたかもしれない。
 まあ、もちろん古泉や朝比奈さんでも休ませてくれるだろうが、長門がベストであることは間違いない。なんせ、古泉や朝比奈さんの場合、俺が休んでいる間に何処かで暇をつぶしてもらう必要があるが、長門ならばその心配は無い。つまり、図書館に行けば長門は退屈しないし、俺も休めるしで一石二鳥というわけである。

 

 喫茶店を出て間もなく、静かに横を歩く長門に尋ねる。
「長門、図書館でいいよな?」
 いつもなら無言で肯定の意思表示をするか、小声で「いい」と呟くはずの長門なのだが、
「あなたは著しく疲労している」
 その小さな唇から発せられた言葉は、まったく予想外のものだった。
「あ、ああ。だから図書館で寝ようと思ってな。ダメか?」
「図書館のソファーは睡眠に適した形とは言い難い。疲労が十分に抜けないばかりでなく、不自然な姿勢で固定されることにより身体に異常をもたらすおそれもある」
 少なからず動揺する俺に、図書館で睡眠することの弊害を述べる長門。確かに長門の言うとおりだろう。もともと睡眠のための場所ではないからな。
 しかし、長門の意図が読めない。自分の大事な場所を昼寝場所に使われることに怒っているのだろうか。それとも、どこか他の場所に行きたいのか?
「いや、お前が図書館が嫌なら別に違うところでもいいんだが」
「そうではない。……わたしの家で休息を取るべき」
「……はい?」
 これまた突拍子もない事を言い出す長門。言いたいことはわかる。疲れている俺に休息の場所を提供してくれるという意思表示だろう。しかし、いくらなんでもそれはまずい。長門は"その言葉の意味"を理解しているのだろうか。
「わたしの部屋に来れば布団を用意できる。あなたの疲労を回復するにはそれが最良の手段」
 見知った女の子が、自分の部屋で寝ろと言っている。こんな誘惑的なシチュエーションなんぞ滅多にないだろうし、無論俺も未経験である。これが長門でなければ、変な勘違いをしてしまいそうだ。
 もちろん、長門に"そんなつもり"がないことも、純粋な善意の申出だということもわかっている。だが、そんな善意につけこむのはやはり卑怯者のすることだ。男として、断るべきところは断るべきだろう。
「気持ちはありがたいけど、流石にそれはお前に悪い。それに、長門も俺がずっと寝てたら暇だろ」
「わたしは構わない。そうするべき」
「でもな……」
 どうにも踏み切れない俺と、断固として譲らない長門。
 彼女の強い意志を示すような硬質的な黒瞳が俺を射る。
「そうするべき」

 

 結局、俺の男としてのプライドは、長門の視線の前に呆気なく屈してしまった。
 そのまま、俺達は二人で長門のマンションへと足を運び、今はリビングでくつろがせてもらっている。あとは長門に布団を出してもらって寝るだけだと思っていたのだが、
「長門、どうしたんだ」
 俺と朝比奈さんが凍結されていた和室の扉を開けた長門が、その場でフリーズしたかのように固まっていた。
「うかつ。クリーニングに出していたことを忘れていた」
「……まじですか」
 なんとも見事にオチがついてしまった。それにしても、物忘れだなんて長門もずいぶんお茶目さんになったものだ。
「……すまない。これでは図書館のソファーの方がまだ休息に適していた」
 申し訳なさそうに顔を俯かせる長門。無論、怒る気などさらさらない。むしろ、完璧超人よりも多少抜けてるほうが可愛げがあっていいと思うぞ。
「気にすんな、長門。俺なら畳で寝るから大丈夫だ」
 長門は俯いたまま動かない。頼むから、そんな罪悪感で満ちた顔をしないでくれよ。俺はできるだけ穏やかに笑って、彼女の短く切りそろえられた髪をくしゃくしゃと撫でてやる。少しばかり、長門の表情が和らいだように見えた。
「今日は結構暖かいから畳でも全然問題ないって。それより長門、タオルケットがあるなら二枚持ってきてくれないか?」
 長門は黙って頷くと、浴室の方へトコトコと歩いていき、すぐに淡青のタオルケットを二枚抱えて戻ってきた。
「ありがとうな」
 長門からタオルケットを受け取ると、俺はその一枚をくるくると丸めて即席枕にして、もう一枚を適当に体にくるめて、和室に横たわった。
 部屋の入口に立って、俺をじっと見ている長門が多少気になったが、もうそろそろピークに達しようとしている眠気には到底勝てそうもなく。
 ほどなくして、俺は深い眠りへと落ちていった―――

 

 結論から言えば、これ以上ないほどに熟睡した。
 畳で寝たのもずいぶんと久しぶりだが、案外悪くないもんだな。ふかふかベッドに慣れた現代っ子には少々きついものがあるかもしれないが、畳には畳の良さがあるというものだ。何よりこの独特の香りが素晴らしい。どこか心が落ち着く。中にはイグサの匂いが嫌いだとかって言う奴もいるが、日本人として断固抗議したいね。
 そんなことを思いながら重い瞼をゆっくりと開けると、
「……!?」
 目の前に、瞼を閉じた長門の顔があって、俺は思わず叫びそうになった。
 一人にされてよほど退屈だったのか、それとも長門も眠かったのか。どういう理由なのかはわからないが、ともかく長門は俺の傍で静かに寝息を立てていた。

 

 ――それにしても、近い。

 

 互いの吐息を感じられる距離、と言えばわかりやすいだろうか。実際に、俺の顔の皮膚は長門の穏やかな寝息を感受している。
 生まれてこのかた、異性ところほどまでに顔を近づけたことなんてない。接触したことならあったかもしれんが、あれはハルヒ歴では夢ということになっているのだからノーカウントだ。
 自然と心臓の鼓動が速くなる。内側から突き破られそうになる感覚。ひょっとしたら、心臓の音で起こしてしまうんじゃないかと思えるほどに。
 いや、むしろ起こした方が良いのかもしれない。あるいはそっと離れてしまうべきなのだろう。異性の顔をまじまじと見つめるなんぞ、到底いい趣味とはいえない。
 だが、そんな理性とは裏腹に、俺の本能は長門を見ていたいと叫んでいる。
 そういえば、俺は長門が静かに寝ているところなんて見たことなかった。あの雪山で倒れた時の苦しそうな表情は覚えてるが、こんなに穏やかに寝ているところ初めて見る。それは、まるで生まれたての赤ん坊のように、邪念の欠片も無い清冽な寝顔だった。
 いや、そんな美辞麗句を滔々と並べ立てたところで大した意味がなかろう。つまるところ、すうすうと静かに息を立てて眠る長門は――とても可愛かったのだ。

 

 どの程度の時間が経っただろうか。
 俺はあれからずっと長門の寝顔を眺め続けていた。頭の中ではいつの間にやら、「偶然を装ってキスできるんじゃないか?」と誑かす悪魔と、「世話になってる長門にそんなことできるか」と諭す天使が論戦を繰り広げている。
 そんな至福でありながら禁欲的な時間が、いつまでも続けばいいと思っていたのだけれど、そんなに都合よくいかないのがこの世の中である。
 無慈悲なことに、甘美なる沈黙は長方形の電子機器が発する無機質な叫びに切り裂かれた。

 

 電話越しでありながら、耳をつんざくようなハルヒの怒声が和室に響く。
『このアホんだら! どこで何してんのよ!! 今すぐ戻りなさい! 五秒以内!!』
 どうやら大変なことをやらかしてしまったようだ。時計を見てみれば集合時間を三十分も過ぎている。ハルヒにしては大分我慢したほうなのだろう。これ以上は古泉に多大なる負担を強いることになる。五秒以内は無理だが、できるだけ急いで戻らねばなるまい。
「おい長門、起きてくれ」
「………?」
 寝ぼけ眼の長門を見て軽い罪悪感を覚える。
 しかし、ゆっくりしている時間はない。長門に簡潔に今の状況を説明すると、部屋の片づけもそこそこに、俺達はそそくさとマンションを後にしたのだった。

 

「遅い!!」
 着くなり怒鳴り散らすハルヒ。唾を飛ばすな。
「すまんすまん。ちょっと遠くまで探索しに行っててな」
「へえ、殊勝なことねぇ。あんたがそんなに活動熱心だとは思わなかったわ」
 明らかに信じていませんよ、という感じでハルヒ。
 しかし、ここは無理を承知で押し通すしかあるまい。
「ああ、俺も少しは団活動に積極的になってみようと思ってな」
 我ながら白々しいものである。不思議? もちろん見つからなかったぞ。それよりもっといいものを見つけてきたがな。
「ふーん……じゃあ、一つだけ聞いてもいいかしら?」
 なんと、一つだけでいいとは寛容な女神様だろう。俺は百や二百の詰問は覚悟していたんだがな。

 

「あんたたちの顔に付いてる畳の痕はなんなのかしら?」

 

Last theme『鰆』

 

 急ぎ過ぎたのが裏目に出たのか、マヌケなことに俺も長門も決定的な証拠を残してしまっていた。
 当然のようにハルヒはその目に静かな怒りの炎を燃やし、今にも爆発寸前といったところ。朝比奈さんは目に見えて慌てているし、短髪野球帽の古泉も笑顔が引きつってしまっている。
「どういうことなのか、あたしにわかるように説明しなさいよ」
「あー。えーと、だな……」
 俺が言い訳をひねり出そうと苦心していると、それまで黙って俺の隣に立っていた長門がすっと前に進み出た。
 そしてゆっくりと口を開き、
「彼はわたしの家で寝ていた」
 本当のことを言ってしまった。
「なっ……」
「ひゃっ!?」
「えっ……」
 上から順に、ハルヒ、朝比奈さん、古泉である。
 そして俺は絶句。おい、流石にそれはまずいって! ボヤの現場にガソリンを注ぐようなもんじゃないか。
「ど、どど、どういうことよそれ!」
 流石のハルヒも予想外だったのだろうか。中河発・俺経由・長門行きのラブレターを拾い上げたあの冬の日のような、ちょっと引きつったような笑みを顔に浮かべ、口調をどもらせながら長門を問い詰める。
「彼は非常に疲労がたまっており、まともに歩くこともおぼつかない状態だった。このままでは活動に支障が出ると判断し、わたしが彼に休養を取るように勧めた」
 下手な言い訳をしてボロを出すよりは真実を告げた方がいいという判断だろうか。しかし、ハルヒがそんな簡単に食い下がってくれるわけもなく、
「でも、何も有希の家に行くことないじゃない!」
 珍しく常識的なことを仰るハルヒさん。まったくもってその通りだ。俺もそう思う。しかし、長門はそんな反論も当然織り込み済みだったようで、
「睡眠に適した場所は限られている。彼は図書館のソファーで構わないと言ったが、それでは彼の健康上問題がある。また、フラットブースなどの設備があるインターネット喫茶は近辺に存在せず、彼の家もここから遠い。その点、わたしの家ならば距離も近く、寝具を用意できるため問題なく休息を取ることが可能。最も合理的と判断した」
 と、あらかじめ用意していた原稿を読むかのように淡々と述べた。長門にそう言われると、確かに最も合理的な行動だったかのように思えてくるな。その寝具が無くて畳で寝ることになったということはともかく。
「それに」
 一拍おいて、長門はさらに言葉を紡ぐ。それはまさに決定的な一言だった。
「昼間から男女で宿泊施設などに入れば、いらぬ誤解を受けかねない」
 やましいことをしたと思われないため、あえて自分の部屋に連れて行ったのだという主張。これにはそれなりの説得力がある。さすが長門。
「……た、確かにそうね。バカキョンなんかとホテルに入るわけにも……」
 何を想像したのか知らないが、さしものハルヒ様もかあっと赤くなり、ぼそぼそと呟いて黙り込んでしまった。なんとなくだが、いま謝れば許してくれるかもしれないな。
「ハルヒ、みんな、悪かった」
「……悪かった」
 俺に習って長門もぺこりと頭を下げる。お前は別に謝るようなことはしていないのにな。
 これにはさすがのハルヒも参ったようで、
「……ま、まあいいわ。もういいから頭あげなさい。ちゃんと理由があったみたいだしね!……でもキョン」
 俺に向き直り、鋭い目つきで睨みつけるハルヒ。
「有希に何か変なことしてないでしょうね?」
 してない。断じてしてない。したかったけどしてない。
「ふーん……有希、ほんと? この馬鹿になんかされなかった?」
 どうやら、俺の言葉にはミジンコほどの重みもないらしい。聞く気がないから最初から聞くなよ、虚しくなるじゃないか。
「なにもされていない。彼が寝てしまい退屈だったのでわたしも寝ていた」
「ああ、だから二人ともほっぺに畳の痕付けてたのね。それにしても、キョンはともかく有希も結構寝相が悪いのね。頭が畳まではみ出すなんて」
 それは畳で寝てたからなんだけどな。あえて言うこともないが。
 心の中で苦笑しつつ横目で長門を見ると、なんとなく恥ずかしそうな顔をしているように思えた。

 

 さて、ハルヒの機嫌も直ったところで、俺達一行は昼食を取ることにした。
「サボリ魔のキョンのおごりで寿司でも食べに行くわよ!」
 などと無茶を言うハルヒを、なんとかなだめることが出来たのは幸いだった。喫茶店くらいならともかく、寿司を全員分奢る財力なんぞ、一介の高校生である俺にあるはずもない。援護してくれた古泉と朝比奈さんには感謝せねばなるまい。
 いつもは家族連れや親子連れで賑わっている駅前の回転寿司屋だが、多少遅い時間に入ったおかげか、待つこともなく座ることができた。そのボックス席に座り、お茶で喉を潤して一服するや否や、いやらしくニヤリと笑うのは対面のハルヒ。
「キョン、あたしはとても寛容だから、あんたの背任行為をこれ以上追及はしないわ」
「それはありがたいことで」
 背任行為って、部活未満の同好会の活動をサボったことを捉えて流石に大げさすぎだろうとは思ったがそれは言わない。
 そんな俺をよそに、ハルヒはニヤリ笑いを絶やさずに、
「でも、有希の分はあんた持ちね」
「なんでだ」
「休憩代よ。身体と貞操の危険も顧みず、あんたなんかを部屋に入れてあげた有希に恩返ししたいと思わないの?」
「人を送り狼みたいにいうな」
 長門が見かけによらない大食漢であることを、こいつが知らないわけがない。どうあろうと俺の財布に致命的ダメージを与えたいようだ。ハルヒめ、許すとか言っておいてやっぱり根に持ってやがる。
 しかし、長門に休ませてもらったのは事実だし、恩を返したい気持ちもある。そんな逡巡をしていると、
「じゃあ決まりね。有希、あたしが許すわ。好きなだけ食べなさい!」
 返事も待たずに勝手に裁断を下すハルヒ。ため息をつきつつ、横目で隣にいる長門を見てみると。
「…………」
 少し期待感を滲ませた瞳が俺を見つめていた。「いいの?」と目で語りかけてくる長門。もちろん「ダメだ」とは言えない俺。……仕方ない、来月発売のゲームは諦めるしかなさそうだ。
「……わかったよ。お手柔らかにな」

 

「ねえ古泉君、あれなんて読むかわかる?魚へんに春って書いてるやつ」
 ハルヒが壁に貼られた"本日のお勧めメニュー"を指差し、隣の古泉に何やら尋ねている。非常に腹立たしいことだが、見ている分には美男美女のカップルでしかない。
「サワラですね」
 柔和な笑顔を崩さずに答える古泉。
 それにしても、もう走りの鰆が入ってるのか。
「はひりのはわら?」
 俺の独り言に反応して、隣で順調に寿司タワーを建設中の長門が口をもぐもぐと動かす。こら、ちゃんと飲み込んでから喋りなさい。
 長門は咀嚼もそこそこに鯵を胃に放り込み、改めて俺に問うてきた。
「走りって、なに?」
「市場に出始める時期の魚を"走り"って言うんだ。
 旬からは少し離れるから、一番美味しい時期ではないんだが、日本には初物を尊ぶ文化があるから、旬のものと同じくらいに重宝されるんだ」
 真剣な眼差しで俺の薀蓄を聞く長門。
「例えばサンマの旬は脂が乗る時期の秋だ。けど、夏ごろ獲れる初ガツオも同じくらい喜ばれるんだよ。……ほら、ちょうど回ってきたし、長門も食べるか?」
 珍しく大きく頷く長門の目の前に、流れてきた鰆の皿をおいてやる。間をおかずして、皿の上の鰆は長門の小さな口の中へと消えていった。
 今度はゆっくりと咀嚼して飲み込み、
「……おいしい」
 そう呟くと、長門は改めてタワーの建築作業へと取り掛かった。

 

 男女五人組で回転寿司という、どこにでもあるようなありふれた昼食の風景。この一行が、大げさでなく世界の命運を握っているなんて、一体誰が思うだろう。変わっていることといえば、せいぜい一般的な五人組よりも会計のレシートが長いことくらいだろう。
 さて、昼食後も不思議探索は敢行されたわけが、残念なことに古泉とのぺアだったので特に語ることはない。まあ、たらふく食った後にハルヒに走り回らされるよりはマシだったかも知れんが。
 もちろん、午前中と同様、何の収穫もなく終わったのは言うまでもない。

 

 その日の帰り道。
 いつもどおり、方向が違うハルヒ達と別れて長門と二人になった。お互い特に何も話すこともなく、心地よい沈黙が場を支配していた。いつもは長門のマンションが見えるあたりの丁字路で別れるのだが、今日は少し違った。
 丁字路の手前で立ち止まった長門は、機械的とも思える動作でこちらの方を向き、
「あなたは、日本人は初物を重宝すると言った」
 ああ、言ったな。
「あなたも、初物が好き?」
 意図がよくわからない質問だな。そんなこと聞いてどうするんだ? まあ、長門が興味を持つものなら答えてやることはやぶさかでない。
「ああ、結構好きだぞ。むしろ脂の乗り切ったものよりも、初々しくてすっきりしていて好みかも知れん」
「そう……」
 そう静かに呟き、俺の目をそっと見つめる長門。その漆黒の双眸の奥深くに吸いこまれそうになって、つい視線を外してしまう。夕日が雪のように白い長門肌を赤く染めていた。もしも、長門が照れたらこんな感じになるのだろうか。

 

「じゃあ、食べていって」

 


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Last-modified: 2013-05-11 (土) 12:36:37 (1592d)