作品

概要

作者ちゃこし
作品名長門侍 ―後編(αルート)―
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2009-03-01 (日) 19:21:58

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

『長門侍』第五部 スタート

 

「本気ですか?」
意識を取り戻したらしく、古泉が話しかけてきた。
ああ、本気だとも。ベジータだって――
「その話はもういいです、さっき聞いてましたから。
 行くのなら裏門の脇に止まっている黒いハイヤーを使って下さい。
 乗りさえすれば涼宮さんの家まで送る手筈になっています」

 

古泉。おまえ、まさかこういう状況を予想していたのか。
「機関としては、これ以上の事態悪化防止の為、涼宮さんには手を出さない、という結論になっていたのです。ボクはあなたの制止役ですよ。
 長門さんのことは残念ですが、彼女一人で事態が収拾されるなら安いものだと言うことですね。
 酔っていたとはいえ、今の涼宮さんは一瞬で長門さんの情報を書き換えるような情報フレアを
 起こしています。 つつき方を間違えれば、どうなるかわかりません。
 もっと深刻な状況になる可能性すらあります。それでもあなたは行きますか?」

 

当たり前だ。おまえだって同じ気持ちなんだろ。
だから機関を裏切ってまで手を貸してくれるんだろ?
「以前の約束を覚えてますか?機関を裏切ってでもあなたたち――、
 いいえ、これはボクの望みでもありますね。長門さんを助けたいだけです。
 機関の監視に気付かれないように、ここ旧館から裏門へ出てください。
 ボクはここであなたがいるかのように監視を誤魔化しておきます。
 あの読書好きの無口な長門さんにまた会えるよう、あなたの頑張りを祈ってます。」

 

古泉がさりげなく戦線から離脱するような気がするのは、たぶんオレの心がズル剥けているから
だろう。任せておけ。きっと何とかして戻ってくる。長門、そう心配そうな顔をするな。
頼りないかもしれないが、たまにはやることもあるんだぜ。
「・・わたしも行く」
それはダメだ。万が一ハルヒに見つかったらすべてが終ってしまう。
おまえを連れて行くわけにはいかない。
断るオレの説得にも、長門は頑として首を縦には振らず、一緒に行くこととなった。
ハルヒには絶対会わないという約束をして。
それじゃ、行って来る。必ず2人で戻ってくるさと、オレと長門は部室を出た。

 

階段を下り、渡り廊下からグラウンドの方へ抜け、周囲に注意を払いながら塀に沿って歩き、
裏門にたどり着いた。
車を確認し、素早くドアを開け後部座席に乗り込む。身を低くして隠れていると車のエンジンがかかり、ゆっくりとその場を離れていった。
「もう大丈夫でございますよ」
無事を知らせてくれるその落ち着いた声には聞き覚えがあった。新川さん、あなたまでこんなことしていいんですか?新川さんは短く笑って答えただけでそれ以上何も言わなかった。

 

走る車の中、オレはハルヒに会ってどうするかを考えていた。
長門の侍化を話したらそれだけアウトだ。ハルヒにはすべてが内緒になってる。
それにその原因が自分なんだと、自分が神のような力を持っているのだと、
ハルヒが自覚したらどんな世界になってしまうのか。
今の事態を考えると、とてもそんな選択は出来ない。
では、いったいどうしたらいいんだ。他にどんな手立てがある。オレはふたたび出口の無い思考の迷宮に入り込んでいた。

 

いつの間にか頭を抱えるように考え込んでいたオレの背中を、長門がやさしく叩く。
顔を上げると車は閑静な住宅街の一軒家の前で止まっていた。表札には『涼宮』とある、どうやらここがハルヒの家らしい。

 

「男には無理だとわかっていてもやらねばならない時があります。
 あなたの御武運をお祈りしておりますよ」
そうだ、オレはやらねばならない。出来なければ長門を失ってしまう。答えが出てることを悩んでいても仕方ないんだ。
不思議なもので困難さよりも目的が大きいと根拠の無い勇気がわいてくる。
心配させたな、すまん長門。ありがとう、新川さん。オレは簡単にお礼を言うと、車を降りた。

 

長門、おまえはここにいてくれ。オレはこれからハルヒに会ってくる。
二日酔いで寝てるって話だったから、もし寝てたら睡眠学習枕みたいに耳元で「宇宙侍なんかいない」って朝まで囁いてくるさ。
そんな悲しそうな顔をするな。あのな、長門。笑う角には福来るって知ってるか?
笑顔は幸福を運んで来るんだよ。ほら、オレみたいに笑ってみな。
おまえならもっと大きな幸福が、いいや幸運の女神にだってなれるかも。

 

「あらあら、いつからそんなに仲良くなったの?お二人さん」

 

突然背中から浴びせられた言葉に、全身の神経がぐいと引っ張られる。数瞬の間を置いてオレは振り向いた。
おまえ・・何でここにいるんだ?

 

『長門侍』第五部 「失望、絶望、希望、心の攻防」 完

 

『長門侍』第六部 スタート

 

「あら、いちゃいけない?」
忘れやしないぞ、その眉毛。その眉毛を見るだけで刺された脇腹が、キズも残ってないのにチリチリと疼きやがる。
そいつはゆっくりと一歩を踏み出し――

 

「どうしたの、顔色が優れないようだけど。
 具合が悪いのならお家に帰った方がいいんじゃない?」
よく動く眉毛だな。いいから質問に答えろ、どうしておまえはここにいる?
――軽口を叩きながら、近づいてくる。

 

「長門さんから聞かなかった?今、観察対象に関わって欲しくないの。妨害するものは排除する。
 それがわたしがここにいる理由。」
相変わらずふてぶてしい眉毛だ。また急進派の暴走か。だが、おまえの言うことを聞くわけにはいかない事情がこっちにもあるんだ。そこをどいてもらおうか。
朝倉は聞いてないような素振りで、それでいて馴れ馴れしい、かつての級友のような口調で語りかけてくる。

 

「長門さんはわかってるわよね。わたしはここに主流派としているの。
 つまりわたしが統合思念体の決定意思。キョンくん、悪いけどあなたたちに邪魔はさせないわ。
 いざとなればあなたの排除もやむ無しと考えてるの。この意味わかる?
 それにさっきから人のこと眉毛呼ばわりしてるけど、ちょっと失礼じゃない。
 インターフェースだって傷つくのよ。
 ねぇ、傷ついた分、傷つけてもいいよね?」

 

朝倉の唇が歪な笑みを象る。
そして再びゆっくりと歩み近寄って来た。情けないかな、その距離が縮まらないよう少しずつオレたちは後ずさりしている。
朝倉の両手に鉈のような大刃のアーミーナイフが現れ、その切っ先だけが自動で照準を合わせるかのように、キリキリと持ち上がっている。
その両刃ともがオレの心臓辺りを狙ってる気がするのは錯覚じゃないんだろう。
目も耳も、全五感が朝倉の挙動に集中する。
ナイフ先端の動きが止まり、ほんの少しだけ朝倉の体が沈む。
「くる」そう思った刹那、白刃が目の前わずか数センチで止まっていた。

 

触覚による衝撃、聴覚からの打音が遅れてやってくるような朝倉の斬撃。
両方向からの朝倉の狂刃を長門の刀が止めていた。
「長門さん、また同じ過ちを繰り返すの?もうすぐわたしたちの目的が果たせるかも知れない
 のに。あなたはまだこんな茶番を続ける気なの?」
「…させない」
「ふふ」
突然、爆風を受けたかのように長門と一緒に後方へ吹き飛ぶ。
それは、ただ朝倉がナイフごとオレたちを振り払っただけなのだと理解するのに、大した時間はかからなかった。

 

「残念だけど、今のあなたじゃわたしとは勝負にすらならないわ。
 思念体とリンクさえ出来ないでしょ?それにここはわたしの支配空間」
朝倉の言葉が終るや否や、景色が一変する。
以前教室を変えたように、周囲が輪郭の無い複色の入り混じった空間へと姿を変える。
平衡感覚さえ保てない異常な空間。

 

「ここで大人しく時間切れまでじっとしてれば、命まではとらないわ。
 もうどうしようもないんだし、そうしなさいよ」
断る!オレは長門を犠牲にするような真似を黙って見過ごすような日和見主義者じゃない。
長門はオレが守る。思念体の目的は自律進化だったよな。観察なんて人マネに頼ってるからいつまでたっても進化出来ないんじゃないのか?
おまえたちの都合に振り回されるのはゴメンだ。そんなバカはハルヒだけで間に合ってるんだ。

 

「本当に変わった人ね、あなた。自分じゃ何も出来ないのに。
 長門さんの後ろに隠れて、どうしてそこまで大見得を切れるのかしら。
 もう、死んでいいよね?」
朝倉の右手の一振りで、ナイフは無数の光の刃となり襲ってくる。それを長門がオレの盾となって右手で弾く。
左手が同じように振られ、新たな光刃が襲ってくる。長門がまたそれを防いでくれる。
二度三度とそれをくり返す。単調な攻撃。かと思った時、朝倉が口を開いた。
「やっぱり長門さん、あなたは素晴らしいわ。
 全面のみで背後からのわたしの攻撃はほぼ100%無効化されてる。
 どうしてこの状況でそんなことが出来るの?いつそんなプログラムを組み込んだの?
 きっと、ここに来る前。予見してたのね、こうやってまたわたしと会えることを。」

 

嬉しそうに朝倉が笑う。こいつの狂気地味た悪趣味には付き合いきれない。
それでは、これはどう?と朝倉が言い放つ。
今まで弾けば消えていた光刃が、どこにあるともわからない天井や床、壁に反射され四方八方から返ってくる。長門の体がみるみるうちに傷ついていく。
長門、オレはいいから朝倉に集中してくれ。このままじゃおまえが先に参っちまう。
「・・問題無い」
いや、とてもそうは見えないのだが。

 

凡庸な有機生命体である人類の中でも、とりわけ凡人なオレにもわかる。
事態は急転直下のジリ貧状態だ。急進派の暴走を主流派である長門が食い止めてくれたあの時は、わけがわからないうちに長門に助けられていた。でも今回は違う。長門はもう主流派である思念体の協力も得られない状況にあり、傷だらけになっている。
長門に聞いた話、朝倉との会話。
統合思念体は本気で自律進化の鍵を探るために長門を犠牲にし、邪魔するものはオレであろうと消す気なんだな。少なくとも再起不能か、動けなくなるくらいのダメージは間違いない勢いだ。
聞いてはいたが、心のどこかで信じてなかった現実が今目の前に広がっていた。
オレは本当に無能の役立たずだ。

 

もういい長門、オレを庇うのはやめろ。おまえが傷つく必要なんて無い。
「…それは出来ない」
これはオレが売ったケンカだ。悪いが自分のケンカを女の子に任せたまま、後ろでのんびりくつろげるほど人間が出来ていないんだ。それに別段オレはそんなに無理なことを願ってるわけでもない。昨日までの平々凡々たる日常を取り戻したいだけだ。
それっぽっちの願いさえ聞いてくれない神様ならこっちから願い下げだ。
なあ、ハルヒ、そうだろ。
オレは長門の身体を制すると、前に立ち塞がった。
どこからきてるのかわからない、無数の光刃が目の前に迫り――そして――真っ白になった。

 

「どうして・・そんなバカな」
眩しい光に目を閉じた中、朝倉の驚いたような声だけが聞こえてきた。どうやらまだ死んでないらしい。再び開けた眼に映し出された光景は、朝倉の驚きの表情とすべての光刃を止めてる長門の姿だった。
何だこれは。映画やドラマなんかによくある、潜在的パワーの覚醒ってやつか?
秘められた力で逆転なのか。

 

「・・わたしは光より速く行動する事が出来る。あらゆる物理的運動がわたしには無効。」
「それは涼宮ハルヒの情報侵食を受け入れることになるのよ?戦う意味すら失くしてしまう行為。
 長門さん、あなたらしくもない。それじゃ本末転倒だわ。」

 

待て、長門。今の話本当か?
それじゃ、オレたちがやってることに意味が無くなってしまうじゃないか。
「…意味はある」
無い!いいからやめてくれ、長門。おまえが助からないんじゃ、意味が無い。
「…あなたが助かる。」
長門・・オレがおまえを守りたいんだ
長門が首を傾げ、オレの方を振り向く。
はじめて見る長門の表情。悲しげな瞳が潤んでいるように見える。
「…この世界に長門有希はわたしだけと言ってくれて、ありがとう。」
長門の目から涙が零れ、頬を伝って落ちる。
「守ってくれるって言ってくれてありがとう。
 女の子の体であるうちに、あなたに言っておきたいことがある。」
そんな最後みたいな言い方をするな。あきらめるな。あきらめるな。
「…ずっと、ずっとあなたが好きだった…でござる」
うつむき顔をそらす長門を後ろから抱きしめる。
「・・ちゃんと言えてたぞ。
 大切に想う気持ちがそうなら、きっと。・・きっと、オレもおまえが好きでござる」
ほんの少しだけ、長門を強く抱きしめた。

 

「こんな時に愛の告白とか、状況が理解出来てないのかしら。これで終わりにしましょ」
朝倉が銃を構えるように、親指を立て右手人差し指を突きだす。
それにあわせるかにように、この空間のすべての面からナイフのような光る突起物が現れ、その先端はオレたちの方に向けられている。
まるで逆ハリセンボン状態だ。全方位くし刺しにする気とは高尚な趣味で恐れ入る。
「侵食が進んで終ってもいいし、再起不能でもいいわ」
朝倉が指鉄砲を打つ真似をした。
「さようなら」
逆放射線状に光刃が降り注ぐ。こんなとこで終ってたまるか。せめて長門だけでも、いや、絶対に長門を助けたい!
光から長門を守るよう、包み込むように長門を抱きしめた。
「長門・・」

 

ブーブロロロ・・・
ワンワン
「こんにちはー宅急便でーす」
急に耳に飛び込んでくる車の音、人の話し声、生活雑音。恐る恐る目を開けると、さっきまでの空間は無くなり、オレたちはハルヒの家の前に立っていた。

 

『長門侍』第六部 「饒舌な愛より壮絶な死を」 完

 

『長門侍』第七部 スタート

 

「これは・・いったいどうして?」
元の世界に戻った夕方の空を見上げ、朝倉涼子は明らかに困惑していた。
その隙をついてオレは玄関口へとダッシュする。
しかし門扉の手前で朝倉が立ち塞がり、防御する間もなく蹴り飛ばされ、思いっきり後ろへと転がった。制服が泥や埃で汚れ、腕や脚が痛み、口に中に鉄錆の味が広がる。

 

朝倉が正面を見据え、口を開く。その表情からは余裕が消えているように見える。
「油断ってわけでもないんでしょうけど、これはどういうことかしら?」
「・・制御コードを全てわたしに書き換え組み直しておいた。
 光速を超えるわたしのrewriteは、あなたの情報操作を全て無効にする。
 もうこの空間はあなたに支配され・・ない」
長門はそれだけを言うと倒れこんだ。いや、作戦通りにハルヒの情報侵攻を防御する為、機能を集中させてるだけだ。抱きしめた時に耳元で頼んだ。情報制御空間さえ破ってくれたら後はオレが何とかするから、おまえは情報侵食と戦ってくれと。
長門はその約束を果たしてくれた。よくやった、長門。後はオレに任せておけ。

 

「あら、長門さんはここでリタイア?残念ね。で、あなた一人で何が出来るの。
 蹴られただけでみじめに地面に這いつくばってるあなたに。
 もう無駄なあがきはやめて彼女の最後を看取ってあげたら?
 これが永遠のお別れになるかもよ」

 

何度も言わせるな、おまえたちの提案などすべてお断りのオール却下だ。
オレはまだあきらめちゃいない。それに無駄って何のことだ?さっきオレは玄関を開けようとしたんじゃない。開けてもらおうとしたんだ。

 

ザザッという雑音の後に「はーい。どなた?」とインターフォンから女性の声がする。
オレは早口で学校・クラス名と氏名を名乗り、ハルヒのお見舞いに来た事を大声で告げた。
「待ってね。今、玄関を開けるから」

 

「なるほど、さっきはインターフォンを押したのね」
朝倉の眉毛がキリリと直角三角形に吊り上がる。
「ここって誉めるとこかな?よくもやってくれたわね!」
待った!
バカなことをする前に忠告しておいてやる。もうここはおまえの情報制御空間じゃない、ハルヒの家の前だ。今から出てくるハルヒの家族も含め、おまえはオレに何しようとしてるのかな?それは思念体が許可してるのか。何ならお伺いを立ててみるがいい。
それともここで、オレの断末魔の叫びでもハルヒに聞かせてみるか?
それこそ、すべてが水泡に帰すんじゃないのか。進化や観察どころか、おまえたちの存在すら無い世界、それをおまえたちは望んでいるのか?!

 

ハッタリとは言え、命をかけた真剣勝負。それに意外と核心をついてる気もする。どうだ?

 

一気にまくし立てたオレの言葉に、朝倉の動きも表情も固まる。
チャンスだ!
オレは起き上がると長門の手を握り「待っててくれ」と耳打ちして全力で玄関へ走った。

 

朝倉の脇を抜け、門扉をくぐる。そこへタイミング良く母親がドアを開けてくれたおかげで、一気に玄関まで入れた。アイサツもそこそこにクツを脱ぎ、指差されたハルヒの部屋へ一足飛びに駆け上がり、ドアを開けた。
そこには、意外とかわいい感じの部屋の奥でベッドに横たわり、寝息を立ててるハルヒがいた。
このすべての元凶のくせに、いい顔で寝てやがるぜ、このバカヤロウが。
おい、起きろハルヒ。ハルヒ、起きやがれ!
「う〜ん。頭痛いって言ってるでしょ。あれ・・あれ、キョン?あんたどうして――」

 

「きゃっ。何ですかあなた、ちょっと!」
階下から騒がしい人の声が聞こえてくる。まさか・・
ダダダッと階段を上がる足音がしたかと思うと、「バン!」とドアが吹き飛ぶ。
否、吹き飛ぶドアより速く、言葉にならない叫び声と共に朝倉が大刃ナイフを振り上げたままの姿で飛び込んできた。
とっさにハルヒが見ないように布団をハルヒの顔にかぶせる。「うわっ、何なに?」
「斬られる」そう思ったオレの目の前に、長門がオレをかばうように一瞬で現れる。
が、朝倉の左手が長門の身体をまるでテニスボールでも弾くようになぎ払い、長門は右へ吹き飛ばされた。
それは一瞬の出来事だった。動けないオレの左肩から右脇腹にかけてスッと身体を両断するように、朝倉の白い刃が振り下ろされた。

 

人は生死の瞬間に、時が止まったかのようにスローモーションで景色が見えるというが、ナイフのそれはまさに光が描く軌跡に見えた。そう、まるで細かなガラスの粒が輝いてるようにキラキラと。なんて美しい。オレを斬ったナイフなのに、今から死ぬのにそれ美しいと感じるなんて。
お次はオレの熱く燃えるような真紅の血が世界を染め上げ――

 

世界を――ってあれ?斬れて無い。血も出てない。
よく見れば光っているのはナイフ自身で、そしてナイフから朝倉の右手へ、瞬く間に身体全体が光る粒子へと変わり崩れていく。かつての教室で見たあのシーンの再現のように。
崩壊が始まった朝倉の体は景色に溶け込むように小さくなり、ニコリと笑うと完全に消えて失くなった。
「バイバイ」消える間際に、そう朝倉が言ったような気がした。

 

ハルヒが布団を勢いよく押しのけて怒鳴る。
「もういきなり何するのよ!このバカキョン。
 あんたまさか今ならわたしに勝てると思って決闘申し込みに来たんじゃないでしょうね。
 お生憎さま、あたしは・・いつだって・・・・・」
ハルヒの様子が急におかしくなった。おい、大丈夫かハルヒ。
「ねえ、そこにいるのは有希?あっ、あれ違う・・その格好・・ウチュウザムライ?宇宙・・」
しまった、と思ったが既に遅かった。
朝倉去ってまた一難。オレを助けるために飛び込んできた長門をハルヒが見てしまった。
見るなハルヒ。あれは違う、違うんだ。ハルヒの目を長門から隠すように頭を両手ではさみ覗き込む。
「うぅ・・」長門の悲痛な声が背中に聞こえてきた。
同時にオレの頭の中も黒いモヤがかかったように意識が覆われ、頭の中をかき乱されるような感覚に襲われる。

 

そう、最後の侵食が始まったのだ。

 

ハルヒの眼が瞳孔が開いてるかのようにうつろになり、胡乱としている。
頭に激痛が走る。長門の苦しそうな声も聞こえてくる。慌てるな。この事態を防ぐ為にここにきたんだ。今が正念場だ、がんばれ。
でもどうしたらいい。なにをすれば元に戻る?誰か教えろ。いや考えろ!

 

「うう」ハルヒの顔が苦痛にゆがみ始めた。
そうだ、ハルヒだって長門を忘れたいはずがない。宇宙人が武士だったらなんて妄想が、たまたま長門に運悪く当たっただけなんだ。
でも・・記憶の中にある長門の姿があやしい侍に変わり、その姿しか思い出せなくなってきた。
その侍がニッと笑い言う「拙者、うどんが好きでござる」
イヤだ、こんな長門は長門じゃない。ハルヒ、助けてくれ。忘れたくない、忘れられない、忘れたくないんだ!!

 

消え去ろうとする記憶とは裏腹に、それまで押さえてきた感情だけが強くなっていく。
あふれだした想いは、言葉となって口からこぼれ、ハルヒにダムの放流水の如く怒涛っと浴びせかける。

 

「ハルヒ、ごめん。長門ごめん。古泉、朝比奈さん、みんなごめん。オレが悪かった。
 バカなことを言って本当にすまん。
 みんなの大切な思い出を、思い出が無くなってしまう。だから謝るから、ごめんって言うから。
 だから忘れないで、長門を返してくれよ。
 無口だけど、大切な思い出をいっぱい作ったんだよ。いつも部室にいたじゃないか、本読んでいたじゃないか。
 無理でもいいから長門を元に戻してくれ。
 知ってるか。長門はずっと助けてくれてたんだ。ウソじゃない、オレの命だって助けてくれた。
 それだけじゃない、他にもたくさんしてくれたたんだよ。
 合宿だって一緒に行ったじゃないか、海で本で読んでたんだよアイツ、おかしいよな。
 祭りも行ったし、花火もした、浴衣姿だって思い出せるさバカヤロウ。
 何で忘れなきゃいけないんだよ。
 おまえ、市民プールで長門に負けたじゃないか。負けたままいなくならせていいのか。
 それに、オレが長門と別れたくない。別れたくないんだよ。
 まだ一緒にやりたいことが山ほどあるんだ。
 あいつの笑顔が見たい、大笑いする声が聞きたい、話したいこともまだ話してない。
 だから、お願いだから。頼むから返してくれよ。長門を元に戻してくれ。」

 

大粒の涙がこぼれ落ちた。鼻水と嗚咽が出てきて、もう何を言っているのか自分でもよくわからなくなっていた。
それでも野球、文化祭、映画のこと、覚えてる限りのことを言葉にして泣きじゃくっていた。
どれくらいの時間そうしてたのかわからない。
ただ、記憶の中の長門が、少しだけ笑顔で見えたような気がした。

 

「キョン・・」
ハルヒが語りかけてくる。
ハルヒ、長門を、長門を返してくれ。ぐずる子供のように言葉が漏れる。
「有希ならそこにいるじゃない」
へ?
と間の抜けた返事をして顔を上げるオレを、怒り笑顔のハルヒが見下ろしていた。
ハルヒの視線に促され、後ろを振り返ると、そこには北高の制服にカーディガンを羽織った、
いつもの、オレの長門がそこいた。
長門ぉ・・
長門は恥ずかしそうに左手を胸の位置まで上げ、呼びかけに答えてくれる。

 

事情はよくわからないが、よかった。長門、おまえは長門だよな。侍じゃないんだよな。
「侍ならそっちにいるわよ」
へ??
疑問符を増やして間の抜けた声が漏れる。さらに首を90度ほど曲げると侍姿の長門によく似たちっちゃな子供がいた。
これはどうなってるんだ?

 

「何寝ぼけてるのよ。
 有希が米TVで大人気『宇宙侍』の主役を連れてお見舞いに来てくれたんでしょ、あんたと
 一緒に。 似てるなとは思ってたけど、まさかあの子役が有希の従妹だったなんて驚きね。
 まあ、それはいいんだけど――」
ハルヒは地獄の底から響くような声で
「何であんたは有希の名前を呼びながらわたしに抱きついて泣いてるわけ?」と笑った。
鬼のような形相のハルヒのオーラと、事態が把握が出来ないパニック状態の頭を抱え真っ白な灰状態のオレを、長門がフォローしてくれてオレたちはハルヒ宅を急いで後にした。

 

2人+αになったところで長門へ話を切り出す。
長門、一体どうなってるんだ。オレにもわかるように説明してくれ。
「・・昨夜の涼宮ハルヒが起こした情報フレアは、
 彼女と、その周囲だけを残しこの惑星を覆っていた。食い止めていたのは、彼女自身」

 

ハルヒが起こしたのに、食い止めていたのもハルヒってことか?
「情報爆発は起こった時点で、彼女から離れている。それがわたしを標的にした物ではなく、
 またわたしの存在が変わることは彼女の本意では無かったと推測。
 恐らくはアルコールによる妄想の暴発が、宇宙人属性を持つものを適正と選択し、
 たまたまわたしに当たっただけと思われる。」

 

運が悪かったということか。
「そうとも言えない。これがわたし以外の地球外生命体であった場合、
 涼宮ハルヒの無意識下での情報侵食拒否も無かったはずであり、
 その場合抵抗する術は無く、誰も宇宙侍の存在を疑うことなくそれは実在し、
 やがて我々と接触するに至る事となったであろうと推察される。」

 

ややこしいな。それで最後どうなったんだ。何とかしようと頑張ってはいたんだが、正直どうなったのかさっぱりわからない。
「わたしの姿を見たことで彼女の中の認識がすり替わりを起こし始め、
 最後の情報侵食が始まった。これはあなたも体験した通り。
 でも、あなたのわたしへの想い・・否、あなたの泣き声・・否、
 言葉が涼宮ハルヒの深層心理に影響し、わたしの記憶をつなぎ止め、
 消えることなくわたしの存在を再肯定したと思われる。
 その結果がこうしてわたしが消えずにここにいる理由。
 あなたには感謝している…ありがとう」

 

お礼なんてとんでもない。元はオレのせいと古泉も言ってたし。むしろ謝り足りないくらいだ。
つまり、一度うっかりゴミ箱にDeleteして空にしてしまったファイルが、サルベージに成功して復活したってことか?

 

「…」
「身もフタも無いことを言うなっ」ピコッ

 

ちっちゃな侍にお尻をピコピコハンマーで叩かれる。それで、これは・・この女の子どういうわけなんだ。
「朝倉涼子が消滅したあの時点を以って、わたしは主流派に戻り、事態の収拾を図る事となった。
 情報改変に対する涼宮ハルヒの逆侵食、
 それに乗じての思念体の情報操作などある程度の情報が入手出来た事、
 また反対に朝倉涼子の暴走による涼宮ハルヒ周囲への影響、
 及び観察継続のリスク増大阻止が判断されたが為の対抗処置がそれに該当する。
 涼宮ハルヒの情報自体は消去不可。そこで上書き処理にて対処することにした。
 宇宙侍という情報核をTVドラマに置き換え、
 その設定情報はわたしのコピーを作りそれに移植した。相関情報は辻褄あわせ。
 そのコピーがこの子」

 

それじゃあ、この子は長門の分身?やっぱりヒューマノイド・インターフェースになるのか?
「刀をおもちゃに変更したり、
 運動能力などは危険度を考慮し一般の地球人レベルに設定してある。
 しかしそれは、リミッターを設けてるだけで、実際の能力値はそのまま。
 性格・身体などわたしがベースになっているが、
 涼宮ハルヒの影響ですべてが誇張されている状態にあり
 ある意味、わたしのデフォルメされた存在でもあり、全くの別人格とも言える。
 不安定要素も大きくこれ以上語るべき言葉が無い」

 

なんか変なのが増えたが、まあ、長門が元に戻ったことだし、事件も解決。ハッピ−エンドってことでいいだろ。
人間万事塞翁が馬とも言うし、終わりよければすべてよしだ。
チビ侍、それでおまえもやっぱり宇宙の平和を守るのか?
「チビって言うな。宇宙の平和なんてどうでもいいのよ。わたしは愛の守護天使・長門侍なの!
 そんなことより、さっきの愛の告白を忘れちゃないでしょうね。
 有希ちゃんを大事にしないと天罰だからねっ」
告白?ああ、さっきの好きってことか。そんなウソつくオレじゃない。
ちゃんと長門を大事に想ってるさ、SOS団は今やオレの宝物だ。

 

「・・まさか、あんた。念の為に聞くけど涼宮ハルヒ、朝比奈みくる、
 古泉一樹も同じように好きだなんていい出さないわよね?」
失礼な言い方だな。家族も大事に想ってるし、妹だって可愛がってる。そんなのも全部ひっくるめてオレの愛すべき宝物なんだよ。それに今回は、まわりにもずいぶんと迷惑をかけた。いつもはハルヒに向かってヤレヤレなんて言ってるくせに今回はオレが発端だったしな。
古泉にも助けてもらった、今週くらいはゲームで負けてやってもいい。朝比奈さんには・・まあ彼女はあのままがいいので。

 

「あんたね〜」幼児体型侍が不満そうにからんでくる。
「・・朝比奈みくるにも世話になった。
 彼女は安易に未来を教えないことでわたしに未来を開く勇気を教えてくれた。
 そしてきっと彼女も」

 

長門はそこで言葉を区切るといつもの寡黙モードに戻っていった。
きっと朝倉のことを思い出してるんだとオレは思う。
朝倉が暴走してくれなければ、思念体は観察を続行し、長門は情報操作も使えずあそこで終っていたかもしれない。
結果、朝倉の行為は思念体の危機意識を増大さえ、事態を解決へと導く一つの流れとなった。
朝倉のアレが演技だとは思えないが、あいつの本意なんてもっとわからない。
長門と朝倉の間には、きっとオレなんかにはわからない2人だけのつながりがあるのだろう。
笑って消えていった朝倉の顔が、長門のさびしそうな横顔に重なって見えた。

 

「帰ろう」
何はともあれ、上手くいったし、落ち込む必要なんて無い、元気出していこう。
古泉と朝比奈さんが心配して待っている。2人で帰ると言ったのに3人になったがそれくらいは約束破ってもいいだろう。
きっと暖かく迎えてくれるさ。朝比奈さんのお茶でも飲んで少しはゆっくりしたい。

 

「人の話聞きなさい。純情乙女の心を弄んで何が楽しいのよ。
 そのフラグクラッシャー精神を叩き直してあげる」
そこの寸が不足してる侍、空気を読め。今、感慨に浸っているんだから少し静かにしてくれ。
ほら、肩車してやるから、な。
「寸足らずとか言うな。こ〜の〜。そういうのがダメって言ってるの」
よいしょっと。どうだ?高いところから見る夕焼けってキレイだろ
「・・・キレイ・・
 はっ!そ、そういう口説き文句をわたしにまで使う気?
 このバカバカバカバカバカ!そこに直れでござる!成敗でござる!」
ピコピコピコピコピコピコ!

 

長門侍がハンマーで頭を叩くのも気にならないくらい、オレは幸せな気分だった。
見た目はおもちゃでも『情報操作』の能力があることを知るのは、
道行く人に悲鳴をあげられる少し後のこと。
全身にピンク色でバカという落書きをしたまま、
このありふれた夕方の景色の中をオレは長門とチビ侍と3人で歩いていた。

 

『長門侍』第七部 「侍が生まれた日」 終幕

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:01:26 (3047d)