作品

概要

作者Thinks
作品名キョンの懐古 〜The Nostalgia of Kyon〜 (挿絵付き)
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2009-02-27 (金) 00:39:11

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

「キョンの懐古 〜The Nostalgia of Kyon〜」
 
 さて、突然だが。俺は、
「こら!キョン。さぼってないでさっさと手を動かしなさい!」
などと一時間おきに団長様から叱咤を受けている最中である。
「古泉君を見習いなさい!文句ひとつ言わずに楽しそうにやってるじゃないの!」
 そう言われて俺は目の前に向かい合った古泉を見ると。
 なんとまぁ…やり始めて三時間も経つのによく笑顔でいられるものだよまったく、おまえってヤツは…
 ほんとは内心辛いんじゃないのか?
「いいえ、楽しいと感じていますよ。それなりにね」
 …そうかい。
 しかし、時折きつそうな表情をしてるのは気のせいか?

 しかし何だって俺達二人はこんなことをしているんだ?
 それもこれもハルヒが突然あんな電話を掛けてきてからか…

−−−−−
−−−

 
 お天道様が清々しく早朝から「おはよう」と言わんばかりに東の空から顔を出すよりも前の頃だっただろうか。
 突然、俺所有の、傷だらけだが機能には何の支障も無いので当然着信も受け付ける携帯が、バカ正直に鳴り出した。
「ああうるせぇ!人が寝てるってのに誰だってんだ!この野郎!!」
 一体どこのどいつだ?休日の早朝から人様の睡眠を妨害する傍迷惑なバカは。なんと非常識な奴だろうね。
 半開きの瞳を擦りつつ自らの設定にに従って震え続ける携帯を手にし、画面を見るまでも…考えるまでもなかったか。

 こんなことをしでかす奴は、毎朝ベッドのコーナーから華麗なフライングニードロップを繰り出す妹以外には、
知りうる限りでは一人しか居ない。

“涼宮ハルヒ”

 の文字が、手に取りつつも震え続ける携帯の画面に浮かんでいる。
 とりあえず出ないと、後にどんな仕置きが待っているのか分からないわけで。
 はい、俺、朝っぱらから三竦み。
 とりあえず、30秒に設定している簡易留守録モードに移行するまでに、俺の右手を動かすか。

「なんだ?こんな朝から…
『今すぐにいつものとこに来なさい』
 それだけ言って、電話も本人も切れやがった。半分になった月が、西の空を照らす時間からえらいテンションである。

 なんて野郎だ、いやこの女…せめて理由を言ってから誘え。
 こっちの都合があったらどうすんだ?…まぁ、例の如く予定は無いがな…。あってもこんな朝から出る必要はまずありゃしない。
 あいつなんで知ってやがんだ。

 しかしこんな朝早くから一体何する気だろうね? …考えても仕方ないか、いつもの事だしな。

 いつものとこ。…まぁ北口駅前なんだろうが。
 と思って向かってみれば、そこには既に長門、朝比奈さん、古泉がいた。もちろんハルヒもな。
 お前らも呼ばれてたのかよ。んで、良く来たよな、こんな朝から。電車動いてたか?
 早朝の呼び出しくらい事前に言っておけないのかよ。ハルヒ。突然、しかも朝早くから呼び出すのは勘弁してくれ。

 今は静かにしている携帯のディスプレイを眺めてみれば、まだ五時じゃないか。ってことは、起こされたのは四時前だ。
 ちっとばかり明るいからって太陽が昇っているとは限らないと言うわけだな。ああ、良く解った。
 ちなみに。今の季節が初夏だと言う事を、五時の時点でで十分明るい所からして察していただきたい。

「何よ、早起きは三文の得って言うのよ! ははーん、まだ一文の得すら得たこと無いでしょ。いーっつも寝坊ばっかしてるあんたの事だからね」
 余計なお世話だよ。
 
 で。そろそろ太陽が拝めるかなんて時間で、来る最中には新聞か牛乳だがの配達の兄様と間違えられ、
いつもの喫茶店が開くにはまだ二時間もかかるなんて時に、四人もの人間を呼び出したからには。
 何か相当の理由があってのことだろうなこの野郎。
「ええ。あるわ」
「ほう、そうか。じゃあ言ってみろ。それ相応じゃなかったら、今すぐ帰って二度寝してやるからな」

 ハルヒは、全員の顔をさっと見渡した後、俺に視線を固定してからにやりと笑い、
昼間辺りだと御老体の社交場になっていたり、簡易喫煙所になっていたりするベンチに土足で登って演説を開始した。

「さて皆さん。我がSOS団は未曾有の危機に遭遇しています。その危機とは何か。この頃流行の財政危機です!」
 流行ってるのかよ。財政危機? 同好会扱いだが何を好んでるんだか良く解らないこの集まりには部費なんざ出ないから、
部費も資本も債権もあったもんじゃねえだろ?
「そろそろ季節は夏を迎えます。まずは七夕。夏休みに入れば縁日やプールやこれは外せない合宿など。やらなければならないことが山積の季節を迎えるにあたり、予算がゼロだなんて冗談じゃないわ!」
 そりゃまそうだが。ってか、合宿て。俺らが合宿で得る物って何かあるのか?
「だから探しに行くの!」
 来た。来てしまったよ。お決まりの台詞が。だから俺も、お決まりの台詞で帰そう。
「何をだよ」 
「カブトムシよっ!!」
 
 ……よっ……よっ……ょっ…
 周辺のビルに、周囲の木から朝露が降り注ぐほどに勢い良くハルヒが発した台詞の末尾が木魂していた。
 
 ハルヒも朝比奈さんもGパンにトレーナーなんて言うラフな服装をしているのはそういう理屈か。何で俺らには前もって言ってくれないんだよ。
「ほほう、それは良いアイデアですね。雄なら良い値段になりますよ」
 良い値段っていくらだよ、古泉。
「一匹辺り二百円から三百円でしょうか」
 ほう、そうか。合宿費を捻出するには、山一つ分くらいは採らんといかんようだな。
「そうでもないわ。幸いこの街は山を切り開いて作られた過去があるわけよ。学校辺りなんか多分、
クヌギの百本や二百本生えてるし。クヌギ一本につき、一匹付いてたとしても二百匹は取れるわ」

「あのな。俺だって若かりし頃、近所の結構でかい木に砂糖水をかけて、早起きして見に行った事くらいはあるんだ。だがな、雄はおろか一匹も居なかった。カナブンと無数のアリは集ってたけどな。即座に家に帰って昼まで寝たからよーく覚えてる」
「何が言いたいのよ」 
「そう上手く行くわけがねえだろ。ってことだよ」
「探してみなきゃわかんないわよ!!」
 
 やって徒労だったらどうしてくれるんだよ。
 しかし、まあ、ほっとこう、とか言ってほっといたら明日、教室の壁あたりが真っ黒になってそうな気もする。
「あの〜、あたし、虫さんは…」
 苦手なんですか。何だかすっごく解る気もしますが。
「そ、その。詳しく言えないんですけれど、あまり馴染みが無くて………なんだか食べられちゃいそうで……ふえ…」
 もう泣きかけておられる。まあ多分、朝比奈さんがアレを手に取る事はありませんよ。朝比奈さんと長門はランチョンマットをキープして居ればそれで何も無いはずです。
 話に上がってきたのでふと長門のほうを見ると、また一段と分厚い本を抱えてハルヒを見つめていた。……ひょっとして放心しているのだろうか。
「………」

 学校指定の青ジャージにハードカバーがまったく似合っていないのを忠告するまでも無く。俺らはバスに乗るからと別出口に誘導された。

− 
−−− 
−−−−−
 
 そんなわけで。
 ほぼ始発に当たるバスに乗っかった俺らは、通称鶴屋山の麓にあるほぼ人の手が入っていない、即ち原生林に潜り込み、
不思議探索ならぬカブトムシ探索を行っていた、と。
「眼をひん剥いてよーく探すのよ!」
 そう言うのでどっちかと言えば足元に気を付けるべき場所なのに上を向いて歩いていた俺たちなのだが、
一向に見当たらないため、ハルヒは朝比奈さんと長門を連れて上方向を、俺ら男供は幼虫でもサナギでも良いから見つけなさいと言う事になり。
 下方向にある腐葉土と戦いつつ三時間が経った、と言うのが現状だ。ハルヒのヤツは一時間に一度くらい帰ってきて文句を言ってはまた消える。
「ぜーったい居るんだから!がんばって掘りなさい。SOS団の未来がかかっているのよ!!」
 そう言うわりに虫篭を一つしか持参していない所を見ると、あいつもそれほど採れるとは思っていないに違いないのだが。
 
「結局の所、こうやって全員で探すのが涼宮さんの願望、と言うところでしょう」
 んなこた解ってる。後、それをほっといたらどうなるか、ってのもこの間、嫌ってほど理解した。だから俺だってこうやってんじゃないか。
 古泉は軽く手についていた土を払うと、携帯を取り出して何かを確認しつつ、それでもまんざらじゃない風に続けた。
「しかし、カブトムシは夜行性。日が高くなってしまえば、薄暗いとは言え見込みはありませんね」
「だから俺らにこんな物持たせたのかね」
 俺は園芸用のスコップをおもむろに二〇センチほど掘った地面に刺しながら答える。
 ん?
「どうかしましたか?」
 いや何か少し、手ごたえが軽いような。おお? この橙色のは。
 見つけた。幼き頃の記憶が蘇る。率直に言えば、テンション上がってきたってところだ。
 
「……この時期でもサナギのままの個体が居ることは、興味深い」
 長門っ。居るんなら声をかけろ。自分の穴に落ちそうになったじゃないか。
 無言のままスコップに乗っかって蠢く、一枚皮を被ったカブトムシを観察している様子の長門だが。ハルヒのほうは良いのか?
 っておまえ。頭に蜘蛛の巣付いてんぞ。
「朝比奈みくるが気絶した。古泉一樹に救助を求めるよう、涼宮ハルヒに指示を受けた」
 それを早く言えよ。
「これは一大事ですね。様子を見てきましょう」
「涼宮ハルヒが巣ごと蜘蛛を捕獲、朝比奈みくるに提示。そして朝比奈みくるは意識を失った。それだけのこと」
 なにやってんだ。で、自分じゃ重過ぎるから古泉を遣せってのか。まったくあいつは。朝比奈さんはオモチャじゃねえんだぞ。
「ともかく、行って来ます。長門さん、場所は?」
 長門はゆるい勾配になっている林の上のほうを指差した。途端、声が聞こえる。
「こーいーずーみーくーん!早くきなさーい!!…みくるちゃんっ。もうじき古泉君が来るからねっ」
「さほど離れては居ない」
 ようだな。ガラにも無く慌ててやがる。古泉。朝比奈さんには悪いが様子を見て出来るだけ事態を大袈裟に説明しとけ。
 あいつには良い薬だろうよ。
「その余裕があればですが。では」
 古泉はペットボトルを一つ取ると、林の中を駈けて行った。
 
 風が吹いて、木の葉がざわめくと、それに反応してかどうかは知らないが、サナギが尻を振る。
 長門にはこういうものも新鮮に見えるのかね。スコップの上の逃げる事のできないカブトムシに釘付けだ。
 割と立派なツノも付いてる。羽化すれば俺らの言うイケメン野郎になるだろう。
「一つ、懸念事項がある」
 ん?もしかして朝比奈さんか。頭でも打ってるんじゃないだろうな?
「朝比奈みくるには問題は無い。今頃には、意識を取り戻していると思われる。問題が有るのはこの個体」
 こいつか。問題ってのは何だ。

挿絵

「カブトムシはサナギになる際、自ら分泌した物体で土を固め、蛹室と呼ばれる空間を形成する。羽化した固体はその中で三百五十時間ほどを過ごし、体や鞘翅が硬化するのを待つ。しかし、この個体にはもう、硬化を待つための空間が存在しない」
 あー……壊しちまったな。手ごたえが軽くなったのはその空間のせいか。
「羽化までに、外敵から捕食される可能性も高くなった。このまま持ち帰るにも、不安定な状態」
 しかし、まあハルヒのヤツに一匹くらいは収穫をみせんと、あいつはあいつで不安定かも知れんぞ。あとどれくらいで成虫になるのか解らんがそれまで耐えられんもんかな。
 俺が、静かになったサナギのために少し祈ってやろうかなんて気になっていると、
「この個体の変態能力を活性化させ、直ちに成虫、そして躯体や鞘翅の硬化を促進させる」
 長門はそう言って、右手の人差し指を口に当てると何かを唱え、サナギのツノを軽く突っついた。
 見る間に橙色をしていたサナギが黒ずんで茶色になり、背中が割れて中から白い翅が現れる。足をばたつかせ始めてスコップから落ちそうになったそいつをスコップごと地面に置き、
俺らはしゃがみこんで、その成り行きを見守った。ついでに俺は長門の頭に引っかかっていた蜘蛛の巣も取ってやったのだが。全然そんな事などお構い無しなのはこいつらしい。
  
 古泉が朝比奈さんの肩を支えてハルヒを連れて戻ってきた頃にはもう立派なカブトムシになっていたそいつは、今は哀れにもハルヒが持参したアクリルケースの中である。
「立派なのが採れたわね。一匹だけだけど。あんたなかなかやるじゃない?」
 割と機嫌のよさそうにしているハルヒではあるが。眉を寄せてうーんと唸り始めた。
 どうしたい。まあ、一匹じゃ皆の茶代にもならんが。
「んー、なんだか可哀想かなって」
 そう思うなら逃がしてやれ。俺ら男供は一度は経験してても不思議じゃないが、夏休みの間付き合わせた挙句にガキなりの立派な墓を作ってやったりするもんだ。
「ですね。及ばずながら僕にも覚えがあります」
 ハルヒの眼が妙に優しくなり、眉に皺を寄せる。
「そうね……じゃあ。良い娘に出会いなさいっ」
 幹をよじ登っていく黒い姿が葉に隠れて見えなくなるまで、俺らはそいつを眺めていた。
 
「って。これじゃ一銭にもならないじゃない。ちょっとキョン。何とかしなさい!!」
 やれやれ。少しは感慨にふけるとか言う事を覚えませんですか?
「あ、あたしだってそりゃあちょっとは思うけど。それ以上にSOS団は財政難なのよっ!」
 俺は金がらみでゴタゴタ言うのは好きじゃないんだがな。
「あたしだってそうよ。でもこのままじゃ夏休みの計画がーっ!!」
 
 そんなこんなでじたばたするハルヒを宥めつつ林の中をバス停に向かう最中の事。
 長門が俺の横に来て、自分の口の横に手を添えた。これはヒソヒソと話したい、と言うことか? 古泉じゃないから大歓迎だぜ。と把握した俺が耳を近づけると、
「解決策を実行するため、協力を願う」
 とのことで。何ができるか知らんが、一攫千金を今からって事かい。金鉱でも掘り当てる気かこのスコップで? そりゃ無茶だぞ。
「心配ない。こうするだけ」
 そう言うと長門は立ち止まってしまった。
「あの〜、どうしたんですか長門さん」
 ハルヒの相手を続行させられていた朝比奈さんが気が付いて、声をかける。全体止まれの合図のように、皆が止まって長門を見守る………って、
 
 おおおおぉぉっ!?
 突然俺の足が勝手に動き出して、近場にあった大木というほどではないがそこそこの太さであるクヌギに向かって全力疾走。
 そしてそのまま、その幹に両足でのドロップキック ……俺の三十二文ロケット砲が炸裂してしまった。木からは大量の落ち葉やら細かい枝やらが降り注ぐ。
「ちょ、ちょっとあんたなにやってんのよっ!?」
 落ち葉の上に横たわり、余韻に浸る俺をハルヒが指差して叫ぶ。俺が訊きたいわ。
「ひっ、ふひええぇ!? な、なんかいますううぅ!!」
 今度は朝比奈さんが叫び始めた。古泉が朝比奈さんの頭の上から何かを摘み上げる。
「ほお…?」
 起き上がった俺。何故か長門が、俺の服に着いた落ち葉やら土やらを払ってくれる。礼は言わないぞ。後、こういうのは前もって宣言してから頼む。
で、古泉。何が朝比奈さんに付いてたんだ。
「クワガタですよ。それもかなり立派な」
 おまえ、テンション上がってないか。って、そりゃあ。
「オオクワガタ」
 長門が俺の身体にとまっていたらしい、もう一匹を手に取って言う。そいつは古泉が手に持つヤツのような特徴的な部位が無く、小柄だった。
「これで、ペアとなる」
 
 腐葉土と適当な木片でデコレートされたアクリルケースの中でも何か仲良さそうにしている二匹に注目したのは、通りがかりのクワガタブリーダーだと名乗る……
薄暗い林の中でもサングラスをかけっぱなしの初老の男性と年頃の女性だった。
「おお、これは……」
「型と言い、姿と言い。まったく遜色ありませんわ」
「何よ。この子たちが欲しいの?」
 ハルヒは怪訝そうな顔で二人を代わる代わる見ているが。……この爺さん、少し前に車の中で見たような気がする。
 古泉を見ると、人差し指を立てた手を頬の傍に寄せてウインクしていた。ええい、他にも伝え方があろうが気色の悪い。
「さて、お嬢さん。これは交渉ですが。このつがいを私共に譲ってはいただけませんか」
「な、何よ。結構苦労して採ったんだからね。部室で飼えたらって思ってたのに」
 ここで長門が一言申し添える。
「オオクワガタは三年から四年生き続ける、しかしそのためには十分な生育環境が必要。あの部室は、適度な温度、湿度が整っているとは到底言えない」
「はい。その点、私共は専用の育成ルームを持っておりますから安心してお任せください」
 やたら言葉が丁寧なブリーダー様である。
「…タマゴからこうなるまで、この子たちって何年かかるわけ?」
「二年を幼虫で過ごし、成虫になってからも丸半年をそのまま木の中で過ごしますから三年と言うところでしょうか」
 交渉だかなんだかが進む、そんな中。古泉はただニヤケ顔で見守り、朝比奈さんは鼻先に止まったカナブンを長門に取ってもらっていた。
 
「………んー」
 ハルヒはしばしの無言を繰り広げた後、
「子供ができたらペアで遣して。その頃にはあたしの家で飼えるようにしとくわ」
 そう言って、ケースごと彼らを刺客に渡していた。
「ありがとうございます」
 ブリーダーさんとやらの二人は頭を深々と下げ、
「これはあなた方の御心に対してです。決してこのつがいに対しての対価ではありません。どうぞお受け取りください」
 と、封筒を一枚ハルヒに手渡した。
「あ、どうも」
 言葉に放心したのか、あっけなくそれを手に取ったハルヒは、二人と二匹の後ろ姿を見送っていた。
 
「え?」
 ハルヒが素頓狂な声を上げた。帰りのバスの中でのことである。
「キョキョキョ、キョン。こ、これこれこれ」
「封筒がどうした」
「中身中身中身っ」
 三回づつ言わなくてもいいから。……へ?
 封筒の中には二万円入っていた。
「ほへ、すごいですう」
「オオクワガタの価値は薄れてきたとは言え、天然モノですからね。それなりの価値かと」
「うーん、でもなんかやっぱり……」
「何だってんだよ」
「なんか性に合わないわ。ま、これはこれで貰っちゃったし。部費に当てる事にしましょう」
 
 そんなやり取りがあった後。
 俺らはその部費から、毎週俺が捻出している金額を出し、
あの二匹から丈夫なタマゴができますようにとの祈願を兼ねた打ち上げをいつもの喫茶店で行っていた所だった。
「大事にしてくれる人が飼ってくれるんだから良かったわよね」
「少し寂しくも思いますが、ね」
「SOS団の繁栄には、少しの犠牲はあっても仕方が無いのよ。解る、古泉君」
「はい」
「やっぱり虫さんは苦手です〜」
 そんな会話の中、俺の隣に座っていた長門が俺に紙ナプキンを一枚遣してきた。
「ああ、すまんな」
 と一言言って、口にカプチーノの泡でも付いてたのかと思い、顔に近づけると、
『解散後、光陽園駅前公園にて待つ』
 と書かれていた。そのままその紙ナプキンで口を拭きつつ、俺は長門に向かって頷く。
 同時に長門も頷いた…気がする。これは何か想定外の事態に違いない。ハルヒ以外の二人にも声がかかっているのだろうよ。
 
 ………
 想定外その一。声がかかったのは俺だけだった。
 想定外その二。それは、少し俺も考えていた事態だった。
 想定外その三。長門はわりとこれを楽しんでやっている。
 
 光陽園駅前公園の片隅にある、通称ドングリの木。真昼間からその木には、カブトムシとクワガタの大群が集っていた。
 そして、長門の手には十数個の虫篭。
「想定できる総数は、およそ三百三十五匹。彼らを山に返したい」
「いや……木に集ってるんだからこのままでも良くないか」
 若干の現実逃避の意味を込めて、俺は反論してみたのだが。
「これは前兆。明日にはこの集団が数倍の規模になって、部室に訪れることとなる。今、防ぐべき」
「それが今のハルヒの願望だってのか。阻止してしまって大丈夫なのか?」
「古泉一樹にもこの事実を告げてある。後は彼が処理すること」
 
 なんでも。このカブトムシとクワガタの遺伝子は、今日俺らが捕まえたヤツらのと一致するのだと。
 ハルヒのやつが望んだとおりなのだがあいつはせっかちだから、半日でその願望が現実となったと。
 古泉は事態を察し、今日中に何らかの形でハルヒには、ペアリングが上手く行ったことを告げると言ったと。
 丁寧に虫篭の中に黒い虫供を入れながら、長門が言った事である。
 このままほっとけば、まずメイド服に着替えなければならないために長門の次に部室に入る朝比奈さんがまた気を失う事になろう。
 
 その後、夕闇から完全に日が暮れるまでの時間を、虫篭を抱えつつの強制ハイキングコース五往復で潰す事になったのだが。
 ま、良しとしよう。俺も少し知恵の付いた頃には山に返してやったもんだし、思わぬところでこいつの優しさを見ることにもなったんだからな。
 虫篭だけじゃなくハードカバーも抱えたジャージ姿の長門は、坂道を登りながらもクワガタ供の這う姿に夢中のようだった。
 
 
                                                               ……ユニーク。

 



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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:01:25 (2003d)