作品

概要

作者◆Yafw4ex/PI
作品名「烏龍茶」
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2009-02-24 (火) 23:35:00

登場キャラ

キョン不登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

 
 
 人通りの多い休日の街。
 視線の先に、見覚えのある小柄な女性の姿が見えてくる。
 時折、通行人にぶつかりそうになったり、実際にぶつかったり、謝ったりを繰り返
しながら歩いてきた彼女は
「……あれ? お、おはようございます」
 目的地に居たわたしを見て、瞬きを繰り返しながらそう言った。
「おはよう」
 午前9時。
 SOS団として集合する際によく利用する、駅前の広場で待っていたわたしの元に
彼女はやってきた。
 不思議そうな顔で彼女はわたしと、わたしの背後にある柱時計と、自分の腕に巻か
れた腕時計を順番に見比べ
「えっと……。待ち合わせって、確か10時でしたよね?」
 小首を傾げてそう聞いてきた。
 彼女の記憶に間違いは無い。
「10時」
 肯定するわたしと、2つの時計の間を再び彼女の視線が行交う。
 現在時刻、9時――私が待ち合わせに指定した時間の1時間前。
「あの……じゃあどうして?」
 その言葉は、そのままあなたに聞きたい質問でもある。
 ――何故あなたは、約束の1時間前にここへ訪れたのか。
 先に聞かれたのがわたしなのだから、まずわたしから答えるべき。
「楽しみだったから、早く来てしまった」
 そう告げたわたしの理由に、彼女は何故か顔を綻ばせ
「本当ですか! わ、わたしもなんです!」
 嬉しそうにわたしの手を取って、彼女――朝比奈みくるは歩き始めた。
 
 
 「烏龍茶」
 
 
「休日は人が多いですから――わわっ! ごめんなさい……。人込で逸れない様に気
をつけてくださいね?」
 了解した。
 彼女はわたしの手を引きながら先頭を歩き、歩道に溢れる歩行者の隙間を探しなが
ら前へと進んで行く。
 しかし、あまり身長の高くない彼女の姿は歩行者から視認されにくく、前へ進むの
はそれだけでかなり難易度の高い作業だった。
 車道を挟んで向かい側の歩道は空いているのだが、どうやら彼女には見えていない
らしい。
 経路の変更を進言するべきだろうか?
 そうする事が当然のはずなのに、握られた彼女の手の暖かさがそれを躊躇わせる。
 彼女は、わたしを守ってくれているのだろう。
 迫り来る背の高い大人の壁を前に、彼女なりに、一生懸命に。
「な、長門さん、大丈夫ですか?」
 時折、振り向いて心配そうにわたしを見る彼女に、わたしはただ肯く事にした。
 ――それから十数分程の間人込の中を移動し、ようやく辿り着いたのは駅近くにあ
る綜合デパートだった。
 デパートの中は開店直後という事もあり人影も疎らで……今考えてみれば、街が最
も混雑する時間帯をわたし達は移動してきた事になる。
 もし、またここを訪れる時はちゃんと10時に来よう。
 そう考えながら入口の案内図を前に立っていると、
「長門さ〜んこっちですよ〜」
 彼女の楽しそうな声が、下りのエスカレーターの前から聞こえてきた。
 
 
 地下一階、食料品売り場。
 一列に並んだレジカウンターの奥に、目的の店舗があった。
 店先に掛けられた暖簾の先には、遠目でも解かるくらい茶葉の缶が並んでいる。
 彼女はこの店に何度も訪れているのか、店主は彼女の姿を見るなり表情筋を緩め
「やあ、毎度」
 嬉しそうに店の前まで出てきた。
「こんにちはぁ」
 店主の前で丁寧に頭を下げる彼女に習い、わたしも隣で頭を下げると
「おや! 今日はまた可愛いお友達と一緒だねぇ。この間の彼氏は一緒じゃないのか
い?」
 そう言って、店主はわたし達の周りを見回している。
「わえ?! ななな」
「あ……ごめんよ。秘密だったのかい?」
「えっとあの、秘密っていうかその……」
 店主と彼女の間の会話より、わたしは店先に置かれた茶葉の事が気になっていた。
 手書きのポップに書かれた銘柄、品種、製品工程……その意味は分かっても、それ
が味へどの様な変化を与え、どの様な味が人に好まれるのかがわからない。
 試供用の茶葉の香りを順番に嗅いでみても、やはりわたしにはそこに優劣をつける
事はできなかった。
「あ、あの……長門さん……。じ、実は、前にですね? えっと……」
 ――この茶葉は見た事がある。以前、彼女が淹れてくれたお茶で名称は雁音。価格
が高いという理由で、私が飲んだ回数は7回。
「キョン君と一緒にこのお店に買い物に……その……あ! でも、あれはデートとか
そうゆうんじゃ!」
 あのお茶を、わたしは澄んだ味でとても美味しいと思った。でも、彼女の入れてく
れるお茶はどれも美味しく、やはり優劣は付けられない。
「……デ、デートだったの……かなぁ……。あああの! やっぱり今のは無しで、そ
の、全部保留……じゃなくって聞かなかった事に! ――……長門さん?」
 何。
 私が茶葉から視線を上げた時、いつの間にか隣に来ていた彼女の赤い顔があった。
 どうやら、彼女は何かを話しかけてくれていたらしい。
 ……せっかく一緒に買い物に来てくれているのに、いったいわたしは何をしている
のだろう……。
「ごめんなさい。聞いていなかった」
 そう謝るわたしに、
「いっいえ、いいんです! 気にしないでください!」
 彼女は気を使って、そう言ってくれた。 
 ――それから暫くして、お茶の専門店に来た事で茶葉の選択肢は格段に増え、代わ
りにわたしにはその情報を活かすだけの知識が無い事を思い知った。
「ただ美味しいお茶って言われてもねぇ……うちで扱ってるお茶はどれも美味しいけ
ど、やっぱり人には好みって物があるから」
 店主の言う言葉は正論。
 最も美味しいお茶が存在するのなら、ここまで多様な種類のお茶が売られる理由が
無くなる。
 膨大な数の茶葉を前に立ち尽くしていると、
「……あの……長門さんが、美味しいお茶を飲ませてあげたい相手って……その」
 朝比奈みくるは、何故か遠慮した口調でそう聞いてきた。
 手に持っていた茶葉の瓶を置いて
「彼」
 そう即答したわたしに、彼女は小さな声で「……やっぱり……かぁ」と呟いた。
 
 
 茶葉の専門店の奥、小さなスペースに設置された赤い腰掛と屋内には本来不要な筈
の大きな傘の下。
「いや〜……奮発して喫茶コーナーを改装したかいがあったってもんだよ」
 時代劇の通り茶屋の様な造りのその場所で、わたし達は休んでいた。
 腰掛に座ったわたしと朝比奈みくるを眺めながら、何故か店主は嬉しそうに目尻を
下げている。
「すみません。お団子と……お勧めのお茶をお願いします」
「わたしも同じ物を」
 注文を受け、店主が店の中へと戻っていくのを見届けた後、彼女は何か複雑そうな
顔で口を開いた。
「……あの……せっかく一緒に来たのに、お力になれなくてごめんなさい」
 謝る必要は無い。
「いい、無理な事を頼んだのはわたし。あなたには感謝している」
 ――美味しいお茶を飲ませてあげたい人が居るので、お茶のお店を教えて欲しい。
 そんなわたしの頼みを彼女は快く引き受けてくれ、休日を使ってここまで付き合っ
てくれた。
 わたしの返答を聞いても彼女の顔は晴れず、もしかして何か悪い事を言ってしまっ
たのではないかと考え始めた頃。
「長門さんに……わたし、言わなきゃいけない事があるんです」
 彼女は、辛そうな顔でそう言った。
「長門さんが好きな人と……あの、えっと……わたしの、ですね? その……」
 余程言い辛い事なのか、彼女の口調は重く表情も辛そうに見える。
 小さく彼女の口が動き「言わなきゃ」という独り言が何度か聞こえた後、
「わたしも……一緒なんです」
 彼女は膝の上に置いた自分の手を見ながら、そう言った。
「で、でも! わたしの気持ちはその、絶対に叶わないっていうか……叶ってはいけ
ないっていうか……。だから、わたしは長門さんの事を応援してあげたくて! でも、
それはわたしの仕事からするといけないことで……そもそも、わたしがキョン君の事
をそんな風に思うだけでもダメなんですけど……でも、忘れられなくって。あ、そそ
そうじゃなくてですね?」
 何故か混乱してしまった彼女は、わたしに一生懸命何かを伝えようとしている。
 身振り手振りを加え、必死に何かを訴える彼女の思い――それを理解しようと、わ
たしなりに頑張ってみた。
「つ、つまり……その……ええっと。……わたしじゃきっと何もできないだろうし、
自分の気持ちもちゃんと整理できてないんですけど……だけど長門さんを見てたら、
な、何かできないかってずっと……ごめんなさい、これじゃあ何を言いたいのか、全
然……わからないですよね」
 苦笑いを浮かべて俯く彼女が、わたしに伝えようとした事は……結局、わからなか
った。
 でも――彼女の言葉には、わたしを思いやってくれる優しい気持ちで溢れていた事
はわかる。
 それは優しく、とても心地よい感情。
 彼女の気持ちに応えたい。
 そう思った時、自然と口は開き
「ありがとう」
 心からの気持ちを、私は伝えていた。
 恐らく、わたしの返答は適切な言葉ではなかったのだろう。
 意味も通じていなかったかもしれない。
 それでも、言葉に篭めた気持ちだけは伝わったのか――彼女はわたしの返答に顔を
綻ばせ、わたしもつられて自分の気持ちが緩むのを感じた。
 丁度その時、数分前からずっと茶屋の勝手口で止まっていた店主の気配が動き出し、
「いや〜お待たせしちゃってごめんね」
 お盆を手にわたし達の元へとやってきた。
「はい、どうぞ」
 親しげに言いながら、わたし達に差し出された三色団子と、陶器の湯のみに入った
お茶。
「ありがとうございます」
 謝辞を告げる彼女に
「のんびりしていってくださいね」
 そう言い残し、店主は足早にまた店の中へと戻っていった。
 湯気を立てるお茶を、どちらからともなく受け取り……そして、一緒に湯のみに口
を付ける――
「――あ、今日は烏龍茶だ。……美味しいお茶ですね、長門さん」
「美味しい」
 何気ない彼女のその言葉も楽しそうに聞こえ、わたしも彼女と過ごすこの時間を楽
しいと感じている。
 気のせいだろうか。
 隣に座る彼女との距離は変わっていないのに、彼女を近く感じる。
 お互いの事を大切に思いあい、一緒に居て楽しいと思える不思議な関係。
 もしかしたらこれは――友達と呼ばれる関係なのだろうか。
 
 
「はいお釣り。どうだったかい? 今日のお茶は」
 精算の後、店主の言葉に彼女は肯きながら
「とっても美味しかったです。あの、あれって普通の烏龍茶じゃないですよね?」
 そう付け加えた。
「よくわかったね〜」
 彼女の言葉に、とても嬉しそうに店主は何度も肯いている。
「ベースは凍頂烏龍茶だと思うんですけど、そこに淡い……何ていうのか、雪の様な
味わいが含まれていました。凄く柔らかくて、儚い味わいが」
 その感想に店主は驚いた様子で、
「そこまで解かればたいしたもんだ。そう、あのお茶には凍頂烏龍茶にもう一つ、雪
茶を加えてあったんだよ」
「ゆきちゃ……ですか?」
「そうそう。普通の人には解からないだろうけど、私はこの穏やかな味が好きでね」
 そう言いながら、店主は小さな包みをわたし達に渡してくれた。
「あの……これは?」
「さっきのと同じブレンドの茶葉だよ。名前は烏龍雪茶。自分で淹れてみて、もし気
に入ったらまた買いに来てね」
「はい! ありがとうございます」
 丁寧に頭を下げる彼女に倣い、わたしも店主に頭を下げ店を後にした。
 暖簾をくぐるとすぐに、
「長門さん! これですよ!」
 楽しそうに彼女はわたしの手を掴んできた。
 握られた手にはさっき受け取ったばかりの茶葉の包みがある。
 これ、とは何なのかを考えながらじっとその手を見ていると、
「はい! このお茶です! とっても美味しくてキョン君も気に入るだろうし、特に
名前がいいと思いませんか?」
 …………なるほど、彼女の言う言葉の意味がようやく解かった。
 わたしと同じ名前で呼ばれるこのお茶を飲んで、彼がどんな感想を持つのか。
 少し怖くて……楽しみかもしれない。
 彼女の楽しげな視線に見守られながら、わたしはその茶葉の包みを丁寧に鞄にしま
った。
 
 
 「烏龍茶」 〜終わり〜
 
 

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:01:24 (3047d)