作品

概要

作者ながといっく
作品名長門さんの意地っ張り
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2009-02-20 (金) 01:14:35

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

 ある晴れた日の朝。
 眠たい目をこすりながらの坂道投稿。
 何でもない、何も起こらない、いつもの平凡な日常。

 

 ―――の、はずだった。

 

 俺の後ろの席に座る長門の姿を見るまでは。

 
 

「……長門よ、なんでお前がそこに座ってるんだ?」
「はぁ?有希がどこにいんのよ」
 いや、俺の目の前にいるだろうが。…今のは聞かなかったことにしよう。ビバ現実逃避。
「あー、長門よ。わかってると思うがそこはハルヒの席だぞ?」
「……あんた、ついに頭がイカれちゃったの?どこをどうすればあたしが有希に見えるのよ」
 なんだこれは。
 長門が眉を吊り上げて口をヘの字に曲げ、不機嫌そうな顔で俺を睨んでいる。

 

 まさか、また世界がおかしくなっちまったのか?
 だとしたら、こんな世界はクーリングオフで即刻返品願いたい。
 内気な恥ずかしがり屋ならともかく、こんな長門は嫌すぎる。まるでハルヒじゃないか――
 ――ハルヒ?

 

「お前、もしかしてハルヒか?」
 こんな質問をすること自体どうかしている。
 俺の目の前にいる女はどこからどう見ても長門以外の何者でもない。
 だが、どうやら状況から察するに長門ではないこともまた確かなようなのだ。
「はぁ?ついにあたしの顔まで忘れちゃったわけ?
 間抜けでスケベな奴だとは思ってたけど、そこまで物忘れ激しいとは思わなかったわ」
 だって、俺の知る長門はこんなむくれた顔はしないぞ。
 というか基本的に無表情以外の表情にならない。
 さらに言えば長門は俺を「あんた」などと呼んだことはないし、俺を罵ったりもしない。
 そんなことされようもんなら俺は酷く落ち込むだろうし、事実、今かなり落ち込んでいる。

 

 ここまできてようやく俺は状況を飲み込めた。
 やれやれ、今度はこういうことか。
 様々な非日常を経験しているおかげか、俺はひとつの結論を導き出すことができた。

 

 ハルヒが、長門になっていた。

 
 

 昼休みが始まるとすぐ、俺は文芸部室にダッシュした。
 昼飯なんて食ってられるか。今はこの状況をなんとかしなければならない。
 そして、こういうときに頼りになるのは一人しかいない。
 それはもちろん、
「長門、いるか?」
 文芸部室の窓側の指定席。俺の予想通り長門はそこにいた。
 さらにこれまた予想通り、姿は涼宮ハルヒだったが。

 

「状況は把握している」
 うーむ。無表情のハルヒというのも不気味だ。
 ハルヒも黙っていれば可愛いだとか思ったこともあったが、その発言は撤回せねばなるまい。
 同じく長門が表情豊かになれば可愛いだろうな、などとも思っていた。
 だが、半日の間ゲラゲラ笑う長門や不機嫌そうな長門を見てみると、その見解もまた撤回するべきであるようだ。
 二人して変わりすぎだ。というより普段の性格が極端すぎるのか。
 足して二で割るくらいがちょうどいいのかもしれないな。
「聞いている?」
 気がつくと、ハルヒの顔をした長門が咎めるような目(割といつものハルヒに近かったが)で見ていた。
「ああ、すまん。ちゃんと聞いてるぞ?
 で、結局のところなにが原因なんだ。やっぱりハルヒか」
「そう。彼女が何らかの理由で、わたしと涼宮ハルヒの外見を取り換えたいと願ったのだと思われる」
 なんだってハルヒはそんなことを思ったんだ。
 そんな心当たりはないぞ――いや待て、もしかして昨日のあれか?
 俺の昨日の放課後の団活中の出来事を思い出した。

 

―――――――――――――――――――
「おい長門、髪にホコリついてるぞ」
 古泉とのゲーム中、長門の不揃いな前髪にチリがくっついていることに気付いた。
 大方、ホコリの溜まった本棚に近づいた時にでも付いたのだろう。
「……そう」
 長門は読書に集中していてホコリをはらおうともしない。
 まったく、読書熱心なのは結構だが困ったものだ。
「仕方ない、取ってやるよ」
 ひょい、と長門の前髪にくっついたホコリをつまむ。うん、とれたとれた。
「長門よ、読書に集中するのはいいが、女の子なんだからちょっとは気を使った方がいいと思うぞ」
「……わかった。以後気を付ける」
 身なりに無頓着な長門に対する俺なりのアドバイス。
 それ以上の意味はなかったのだが、その言葉に敏感に反応した奴がいた。
「ふうん、あんたロリ萌えだったのね」
 誰あろう、涼宮ハルヒである。
「誰がロリ萌えだ。人聞きの悪いことをいうな」
 それに高校生の長門がロリというのは違うと思うぞ。
 まぁ確かに実年齢3歳というのはロリに該当するのかも知れんが。
「いいわよ別に、団員の性癖に干渉はしないわ」
「俺にそんな性癖はない」
「じゃあやっぱりみくるちゃんみたいな巨乳フェチなわけ?」
 なんだってこいつはそんなに極端な考えしか出来んのだ。
 そりゃまぁ、大きい胸が嫌いと言えば嘘になるが、大きくなきゃダメとも思わんぞ。
 などと考えていたが、そこで朝比奈さんが怯えたような目で見ていることに気付いた。
 ――参ったな。ここで肯定してしまえば明日からこの場に居づらくなってしまうかもしれない。
「……いや、巨乳フェチではないぞ」
「ふーん。やっぱりロリ萌えなのね」
 だからなんでそうなる。もう面倒になってきた。
「わかったロリ萌えでいい。もう勝手にしろ」
 話がややこしくなるのも嫌だったので俺も特に反論はせず、ハルヒもそれ以上絡んでくることもなく、その場は治まったのだが…
―――――――――――――――――――

 

「おそらくそれが原因だと思われる」
 毛ほども動揺を見せずに淡々と述べる長門。
 実のところ、全く治まってなどいなかったらしい。
「するとなんだ?あいつは俺が長門みたいな体型が好みだと思ったから、長門と体を交換したってのか?」
「おそらく」
 どんだけ単純なんだ、あいつは。
「ところで長門よ、なにをしているんだ?」

 

「……とても豊満。ユニーク」
 両手で(ハルヒの)胸を押し上げて長門が呟く。
「……何してるんだ、長門」
 長門はふにふにと胸を押し上げながら、
「本来のわたしの肉体と比べて著しく肥大した胸部。
 朝比奈みくる程ではないが、平均水準を遥かに上回る。非常に興味深い」
 そうかい。よかったな
 ……ハルヒだけじゃなく長門もおかしくなってないか?
 まぁ、胸に興味を持つなんてのはむしろ女の子らしくて自然かもしれないが。
「触ってみる?」
「いや、やめとく。後が怖い」
 ハルヒの身体だしな。恐ろしくてそんな不埒をする気にはなれない。
 元の体に戻ったときに申し出てほしいもんだね。
「わかった」
 おっと口に出ちまってたか…
 いや、冗談だからな?本気にするなよ?
「……そう」
 心なしか、残念そうな顔をしている気がするが気のせいだろう。
 いけないな。最近の俺は自惚れが激しい気がする。

 

 さて、もう昼休みも半ばだし、本題に入ろうか。
「ところで長門よ、どうすれば元に戻るんだ?」
「彼女に元の肉体が良いと思わせればよい」と長門。思わせるって言ったって、どうやってだ?
「現在の涼宮ハルヒの肉体が、あなたにとって魅力のないものだということを伝えればよい」
 淡々と述べる長門だが、どことなく負のオーラが漂っている気がする。
 それも当然だろう。なんせ、俺が今からやることは…
「ハルヒに長門の体の悪口を言えばいいのか?」
「そう」
 やっぱりそうなるのか。
 しかしハルヒ絡みの厄介事を解決するために長門の悪口を言わされるとはな。
「それも生半可なものでは効果が無いと思われる。
 彼女が自分の肉体に戻りたいと強く願うほどのものでなければならない」
「そんなこと言われてもな…」
 いくら中身はハルヒでも長門の悪口は言いたくない。
 それ以外に方法はないのか?
「ない」
 きっぱりと言い切る長門。
「これは仕方のないこと。さもないと、ずっとこのまま。
 昼休みはもう少し残っている。今すぐ戻って実行するべき」
 確かにこのままハルヒと長門の体が逆のままってのは困る。
 ハルヒにはハルヒであってほしいし、長門には長門であってほしい。
 不機嫌を隠さない長門なんて嫌だし、無表情なハルヒも嫌だからな。
 ――やるしかない、か。
「わかったよ長門、じゃあ行ってくる」
 こくん、と頷く長門を背に、俺は教室へと駆け出した。

 

 扉から教室を覗くと、長門の姿をしたハルヒが不機嫌そうに頬杖をついていた。
 今からあの顔を怒りで歪めなければならないと思うと憂鬱だ。
 しかもその顔が長門なんだから憂鬱度も5割増ってところだな。
 だが今更逃げるわけにもいかない。これは長門とハルヒのためでもあるんだ。

 

「どこ行ってたのよ」
 席に座った途端、後ろから刺々しい声が飛んでくる。
 予想はしていたが、相当不機嫌そうだ。もともとローテンションな長門声だから余計に怖い。
「なあハルヒ、前々から思っていたことがあるんだが、言ってもいいか?」
「何よ改まって。さっさと言いなさい」
 挑戦的な笑みで俺を睨むハルヒ。中に入る人格でこうも表情は変わるものか。
 中身がハルヒだと知らなかったら、裸足で逃げ出すだろうな。
 それとも本当の長門もこんな顔をする日がくるのだろうか。
 出来れば来ないでほしい、などと思いつつも俺は意を決し、破滅的な言葉をハルヒに投げつけた。
「お前、本当に貧乳だよな」
「なっ…!?」
 ハルヒの顔面が硬直する。
 面白いことに、それはいつもの長門の無表情顔だった。
 中身はハルヒでもデフォルトの表情は長門のものなのだろうか。
「常識的に考えて、胸も尻もボリューム足りな過ぎるだろ。
 上から下まで膨らみが無い貧相な体つき。幼児体型ってやつか?高校生にもなってそれはねーよ」
 誓って言えるが、俺は普段長門のことをこんな風に思ったりしたことはない。
 教室に戻るまでの間に一生懸命考えたんだからな。この緊急事態で、しかも中身がハルヒだから言えるんだ。
 言い訳じみているが、本当の長門にこんなこと言うくらいなら死んだ方がマシだ。
 そんな俺の葛藤を知る訳もないハルヒは、
「キョン、冗談にしては口がすぎるわよ……」
 目が飛び出るほどの勢いで俺を睨みつけるハルヒ。
 いつもは闇色に彩られている長門の瞳が、今や黒い炎で燃えている。
 正直言ってかなり怖い。だがここで怖気づくわけにもいかない。
「やっぱり女は胸だな。胸が無い女なんか価値がないな。
 ところでハルヒ、お前に合うサイズのブラあるのか?…ああ、子ども用使えばいいか」
「ちょっと黙りなさいよ……」
 ハルヒが顔面のあちこちをピクピクさせ始めた。
 長門の顔で青筋なんか立てたら顔の筋肉がつるんじゃないのか?
 よし、もうひと押しだ。
「しかしハルヒよ、お前、ぺったんこすぎてステルス機能ついてるんじゃないか?」
「いい加減にしないと殺すわよ!?」
 Yシャツがちぎれんばかりの勢いで胸倉を掴まれ、キリキリと締め上げられる。
 凶悪に歪む長門の顔を視界に納めながら、俺はとどめの一言を放った。
「本当のことを言って何が悪いんだ、このペチャパイ」
「こ、この馬鹿キョン!!!!」

 

 耳をつんざくような絶叫――長門声の絶叫なんて、もう二度と聞くことはないかもしれないな――と共に、世界が揺れた。
 いや、揺れているのは俺なのかもしれない。揺らぎ、ねじ曲がり、暗くなっていく。
 この感覚はどこかで体験したような気もするが、よくわからない。
 わからないが、とてつもなく気持ち悪い。吐きそうだ。
 そんなことを考えているうちにだんだん視界が真っ暗になってきた。
 怒らせるためとはいえ、やりすぎたか?俺はどうなっちまうんだ。
 元の世界に戻るどころか消されちまったりしてな――――

 
 

 ――て。
 なんだ。いつだ。俺はどこだ。
 ――きて。
 どこだ。どこに行けばいいんだ。
 ――おきて。
 おきる?ってことは今は夢か?ならもう少し寝かせ…

 

「起きて」
「……ん?」
 俺の肩を揺らす規則的な振動。
 光を取り戻しつつある視界の先に見えたのは――
「元に戻ったんだな……長門」
 俺を起こしてくれた少女は間違いなく長門の姿をしている。
 そして、さっきまで見ていたような、中身がハルヒなちょっと怖い長門でもない。
 その冷たいながらも強い意志を秘めた目は、間違いなく俺の知っている長門有希だ。
「そう。涼宮ハルヒとわたしの肉体の交換現象は解消された」
「そうか…」
 とりあえずは一件落着というところだろうか。
 やれやれ、全くどうなることかと思ったぜ。
 頭も冴えてきたところで、ここが文芸部室であることに気づく。
「ところで長門、今はいつだ?」
「昼休み。涼宮ハルヒは情報改変と共に時間を巻き戻した」
 そうか、さっき感じた不愉快な揺れは時間遡行のものか。
 通りで妙に体験したことがある気がしたわけだ。時間遡行なら朝比奈さんと何回かしているしな。
「ところで」
 安堵感に浸る俺を現実へと引き戻したのは、長門の平坦な声と……ちぎれるような耳の痛みだった。

 

 あの、長門さん?何故あなたは俺の耳を引っ張っているんですか?
 引っ張るなら袖とかにしてくれないか?それもあの時みたいにやんわりとだな…
 いや、本気じゃないとしたってマジで痛いって、ホントにちぎれ――
「あなたに謝罪したいことがある」
 言葉に温度があるとしたら、これは確実に氷点下だろう。
 そう思わせるほど、その言葉は冷たかった。それに、謝罪するならまず耳を離してほしい…
 だが、後に続く言葉は俺をさらに困惑の淵へと叩き落した。

 

「貧乳ですまなかった」

 

 な、長門さん、何を言ってらっしゃるんですか?
「ボリュームが足りない幼児体型ですまなかった」
 あの、聞いてらしたんですか?
「サイズの合うブラが無くてすまなかった。子ども用ですまなかった」
 平坦かつ冷徹な声で淡々と述べる長門。
 子ども用つけてたんですか…などと言ってる場合ではない。
 こうしている間にも俺の耳は悲鳴をあげている。
 何かフォローの言葉を入れないとマジで耳が本体から離れる悲劇に合うかもしれない。
「ステルス機能がついていてすまなかった」
 いや、長門ならF22ラプター並のステルスがついてても驚かないけどさ…
「ペチャパイですまなかった」
 ここまでくると流石の俺も理不尽なものを感じる。
 確かに長門の悪口を言ったのは事実だが、あの状況なら仕方ないじゃないか。
 それに、生半可なものじゃダメだって言ったのは長門だし、そこまで怒らなくても。
「あのなあ…」
「あなたが普段わたしをどういう目で見ていたのかがよくわかった」
 あえなく長門に遮られる反論の言葉。
 こいつが人の言葉に割り込んでくるなんて始めてだ。
 ある意味、さっきまでの中身がハルヒだった長門よりも長門らしくない。
「長門、どうしたんだ。お前らしくないぞ。冷静になってくれ」
「……」
 唇を横一文字に閉じ、睨むように俺を見つめる長門。
 気がつけば、長門の漆黒の瞳が水面のように揺らいでいた。

 

 もしかして長門……悔しい、のか?

 

 よく考えれば長門の気持ちもわからんでもない。
 いくら宇宙人だの、ヒューマノイド・インターフェースだの言っても長門は女の子だ。
 自分が異性にどういう風に見られてるかは気になるんだろう。
 それも、普段一緒にいる仲間ともなればなおさらだ。
 俺が長門の身体についてどう思ってるのか、聞いてみたくなってもおかしくない。
 長門なら文芸部室から1-5教室に聞き耳を立てるくらい造作のないことだろうし。
 ちょっと前の長門なら、そんなこと考えもしなかっただろう。
 でも今は違う。長門は間違いなく人間らしくなっているんだからな。
 おそらく、俺の言葉が本心ではないことくらい長門もわかっているんだろう。
 わかっていてなお、整理できないで、納得できないでいる。
 それは恐ろしく人間らしいもので、紛れもなく"感情"と呼べるものだった。

 

「だから長門、あれはハルヒを怒らせるためにだな……」
「言い訳はいい。あなたは出まかせであのようなことを言える人ではない」
 やはり間違いない。長門は意気地になっている。
 場違いかもしれないが、普段素直な子供が駄々をこねている様を見るようで心が和む。
 そんな俺の考えがつい表情に出てしまったようで、
「今もそうやってわたしを馬鹿にして笑っている。……あなたは罰をうけるべき」
 とだけ言うと、そっぽを向いてしまった。
 どうやらさらに態度を硬化させてしまったようだ。
「罰って何だ?」
 いつの間にか窓辺の指定席に戻って本を読み始めている長門に問いかける。
「……しらない」
 やれやれ。まるでハルヒが二人になったみたいだな。
 まぁ、どんな罰かは知らんが、長門のことだからそこまで酷いようにはしないだろう。
「わかったよ。何でも受けてやる」

 
 

 ―――今になって思う。甘かった、と。

 
 

 長門が言う"罰"の正体は判明するのに時間はかからなかった。
 放課後、俺は同じ行動を義務付けられたパブロフの犬の如く文芸部室へと歩を進めた。
 うっかり未来人の着替えを覗いてしまうことが無いようにドアをノックするのもいつも通りである。
「入りなさい」
 返ってきたのはハルヒの静かな声だった。

 

 ドアを開けて目に入ってきたのは、いつも通りの光景――ではなかった。
 いつも通りなのは窓辺のパイプ椅子で本を読んでいる長門だけであり、
 団長席に座るハルヒは苦虫を噛み潰したような顔をしているし、
 朝比奈さんと古泉は何故かハルヒの両側で曇った顔をしている。
 なんだ、また何か厄介事でも起きたのか?
「キョンくん……ひどいですぅ」
「いやはや、こればかりは弁護できませんね」
 精一杯の非難を込めた目で俺を見る朝比奈さんと、いつものエセスマイルが崩れて苦笑いの古泉。
「何かあったのか?」
「ふーん。あくまでシラをきるつもりなのね?」とハルヒ。
その表情からはいま一つ感情を読み取れない。まだ中身が長門ってことはないはずだが。
「だから何がだ」
 シラを切るもなにも、状況がつかめないんだが。
 だが、次のハルヒの言葉は俺を凍りつかせるには十分なものだった。
「このmikuruフォルダってなんなのかしら?」

 

 mikuruフォルダ。言うまでもなく、俺専用の朝比奈さん画像集である。
 な、なんでバレたんだ?間違いなく隠しフォルダにして鍵も掛けたはず…
 困惑しきりの俺をよそにハルヒは追い打ちをかける。
「あんた、あたしにあのとき何て言ったか覚えてる?
 ネットに個人情報を流すことがうんたらかんたらって、散々説教してくれたわよね。
 不特定多数にバラまかれるのはダメだけど、あんたが個人的に持ってるのはOKなわけね」
 やばい、これはマジでやばいぞ。
 何とか言い繕わないと酷い目に合うのは目に見えている。
「待てハルヒ、俺には全く見覚えが…」
「黙りなさい。みくるちゃんに聞いたわ。あんたがmikuruって名前の付いたフォルダを見てたことがあるって」
 ぬかったっ。
 そうだ、朝比奈さんはmikuruフォルダの存在を知っていたんだった。
「それになによこれ。haruhiフォルダやyukiフォルダ、itsukiフォルダまであるじゃないの!
 あたしや有希の水着姿なんていつ撮ったのよ!!古泉君のトイレ盗撮写真まであるのよ!?」
 ちょっと待て、明らかにおかしいだろうが!特に後半!!
 百歩譲ってハルヒや長門の画像集なら作ろうって気にもなるが、何が悲しくて古泉の、しかもトイレの盗撮なんぞをしなきゃならないんだ!?
「ああ、もう、信じられないわ……」
 頭を抱えて呻くハルヒ。
 いつもなら蹴りの一つでも飛んでくるところだが、未だ冷静なのが逆に怖い。
 怒り心頭を通り越して困惑と溜息と憂鬱モードに入ってしまっている。
 今やハルヒの目には俺は異常性癖の持ち主のように映っているに違いない。
「……みくるちゃん、有希、キョンからなるべく離れなさい。犯されるわよ」
 頼むから俺を強姦魔か何かのように言わないでくれ。
 朝比奈さんも「は、はいぃ」とか言ってないで反論してください!
 長門も頷いてないで何かフォロー入れてくれ!!

 

 しかし、一体どういうことなんだこれは。
 mikuruフォルダ以外は全く身に覚えがないぞ。本当だ。

 

『あなたは罰を受けるべき』

 

 ―――まさか、長門?
 罰ってこのことなのか?
 確かに、こんな手の込んだイタズラをすることができる奴なんて、
 いつもと変わらぬ様子で黙々と読書をしている宇宙人以外にいないだろう。
 しかし、意地っ張りにもほどがあるだろう。ここまでやるか、普通。

 

 ともかく、こんな謂れのない誤解を放置しておくわけにはいかない。
 少なくともmikuruフォルダ以外は俺は知らないんだ。
 俺は弁解の言葉を考えながら団長机に近づき、
「ハ、ハルヒ、これはだな…」
「近寄るな変態」
 団長印の三角錐を顔面に投げつけられた。痛い。
 頼むから、そんなゴミ虫を見るような目で俺を見ないでくれ、ハルヒ。

 

「朝比奈さん、聞いてください…」
「ひぃっ!」
 あなたの写真を勝手に保存していたことは謝ります。
 だからそんな怯えたように逃げないでください……傷つきます。

 

「古泉、お前でもいい、助けてくれ」
「申し訳ありませんが、あまり近寄らないでいただけますか…」
 そう言うと、冷や汗をかきながら後ずさりする古泉。
 いくらなんでもお前に欲情することなんかないから安心しろ。だから助けてくれ。

 

 ハルヒ、朝比奈さん、古泉の三人に明確な拒絶の意を示され、まさに四面楚歌の俺。
 もはや頼りになるのは一人しかいない。だが今回はそいつこそが黒幕なのだ。
 俺は最後の希望であり、絶望に目を向ける。
「……」
 長門は冷たい闇色の瞳で俺を見ていた。
 俺は最後の望みをかけて懇願する。
 いつでも俺を助けてくれた、読書好きの宇宙人に。
「俺が悪かった。頼む、助けてくれ」
「……わかった」
 その抑揚のない声が、俺には女神の声のように感じられた。
 やっぱり頼りになる。最後に助けてくれるのはいつも長門だ。
 元はと言えば長門が仕掛けたイタズラだがこの際そんなことはどうでもいい。
 ――そんな安堵感に浸っていられたのはほんの束の間だった。
 直後に長門の口から発せられた言葉によって俺は再び地獄へと叩き落される。

「あなたの異常性癖はわたしが矯正する」
 どうやら長門の強情っぷりはまだまだ続くようだ――やれやれ。
 仕方ない、長門の初めてのわがままだ。気が済むまで付き合ってやろう。
 そう思わせるほど楽しそうに俺を見つめる長門の、闇色の瞳の奥に宿る輝きを視界に入れながら、
 俺は"目が笑っていない"の反対語ってなんだっけかなぁ…などということを考えていた。

 
 

「まずは、巨乳属性から」

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:01:23 (1921d)