作品

概要

作者ちゃこし
作品名ゆきのある情景
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2009-02-03 (火) 17:43:21

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ不登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

サムデイの少し後、消失前のある日の物語―

 
 

雨の日は少し憂鬱だ。
雨の日と晴れの日、どちらが好きかと問われれば
おそらく大多数の人が雨より晴れの日が好きだと答えるだろう。

 

同じように春夏秋冬で尋ねたなら
暖かな日が、冬のそれより好きな人が多いのも想像に難くない。
ならば心身の芯まで冷え込む冬日の雨などは
最も好まれざる最悪の組み合わせと言えるだろう。
―そう、奇跡が起こるまでは。

 

はるか上空で寒気に吹かれた雨粒の元は
美しい幾何学模様の結晶へと姿を変え
真白な奇跡となる。
そのあまりに軽い体はゆっくり、ゆっくりと
見る者にその美しい舞を観賞するのに十分な時間をかけながら
落ちてくる。

 

歩く足を止め、頭を後ろにもたげ、天と顔をつき合わせれば
両眼には数え切れない、無限から永遠の、時が映る。
身体がぐんぐんと天へ昇っていく浮揚感に包まれ、雪のショーは最高潮に達する。
やがて平衡感覚を失い
少しよろけたところで意識は現実へと引き戻され
雪の幻想は幕を閉じる。

 

頭を定位置に戻し、後ろを振り返る。
「長門、雪が―」

 

長門は降る雪の一つでも多くその身に受け止めんとばかりに両手を広げていた。
その顔はさっきまでのオレと同じように天に向けられている。

 
 

(どうしたいのかわからない)
(なぜ彼を待って一緒に歩いているんだろう)
(そんなことに意味などありはしない)
(意味などありはしないのに・・・)
(この雨が雪に変わったら、何か意味が生まれるだろうか)
(わたしの名前を生んだ雪なら)
(きっと)

 

(彼が立ち止まり雪を見上げている)
(あなたは雪に何を想う?)
(このちっぽけな奇跡を)

 
 

話しかけた口をつぐみ、目を閉じ雪の中に佇む長門の姿を見つめていた。
永遠の旋律を奏でるかのように舞う雪の音楽会。
声を発したら、それだけで壊れてしまいそうな雪の結晶。
そんな気がした。

 

しばしの沈黙の後、降り注ぐ雪の白さが長門を吸い込み、そのまま消えてしまうような不安に襲われ
つい名前を呼んでしまう。

 

無音の演奏会、そのタクトを止めた雪の妖精は、目を静かに開きこちらへ視線を向ける。
話しかけはしたものの、何を話そうとしたのかさえ忘れているというのに。

 

落ちるひとひらの雪を手のひらで受けようとした時
不意に長門が手に触れ、それをさえぎる。

 

「・・・だめ」

 

消えてしまうから、とかすかな声で長門が言った。
その言葉が、まだ小さかった頃の、忘れていた記憶を呼び覚ます。

 
 

珍しく深夜から本降りとなった雪は、翌朝の窓から見える景色を一変させていた。
子供の好奇心は、寒さや母親の制止する声では抑えきれない。
コートにマフラー、手袋とありったけの防寒着で武装すると一目散に外に飛び出して行った。
いつもの見慣れた風景はそこには無い。
白く塗り替えられた道に、小さな足跡をこれでもか、これでもかとつけながら走る。
吐く息さえも置いてきぼりに、輪郭の無い街を駆け抜けて行った。

 

たどり着いた先は、いつも遊んでいた公園。
すべり台、ブランコ、砂場、皆が雪化粧をして別の顔になっている。
誰もいない。
宝物発見の歓喜の声をあげ、第一歩を踏み出そうとした時、後ろから声がした。

 

「だめ」
見たことも無い女の子がそこにいた。
真っ白なふわふわとした綿菓子のようなコートに、ちょこんと綿帽子を頭にのせた
まるで雪のような美少女だった。
その子が怒ったような目でこちらを睨んでる。
一瞬、躊躇はしたものの、ダメだなんて言われる理由が無いことを確認して再度走り出す。

 

「だめっ!!」
足が止まり、今度はこちらからも睨む。
二度もはやる心ごと出鼻をくじかれては、怒りたくもなる。
いったい何なんだ。
仕返しかいたずら心か、近くの雪をかき集め、手早く雪玉を作るとその子に向かって投げていた。

 

雪玉は見事にその子の顔に命中する。
からかうような笑い声をたて、得意げにガッツポース。
反撃に備えて身構えていたが、少女は微動だにしなかった。
顔に付いていた雪が剥がれ、溶けて、涙のように頬をつたい落ちた。
顔は怒ったままだった。

 

居心地の悪さを感じ、それをかき消すように公園を走り回り、雪を蹴散らした。
すべり台に上った時に少女を探したが、彼女の姿はどこになかった。
宝物のように見えたあの美しい雪景色も、もうどこにもなかった。
泥に混じり汚れた雪と、さびしくて悲しい心、言えなかった「ごめんなさい」の言葉
それだけが残されていた。

 

そして、その雪のような少女とは二度と会うことがなかった。

 
 

長門にあの少女の姿が重なって見えた。
そんなことは決してあるはずが無いのに。

 

雪、長門と同じ名前を持つ雪。有希、雪と同じ名前を持つ長門。

 

ああ、そうか。
雪はまるで長門そのものだ。
同じように見えて万変の結晶を持つ雪。
何も混じらぬ純白でありながら、すべてを覆い隠してしまう白。
いつも同じ無表情に見えるが、たくさんの表情を隠している長門。
それは肉眼では見えない億千万の感情。
長門、おまえは何を隠してる?

 

重ねられた長門の手は、凍えるような空気にさらされたせいかとても冷たかった。
自然と長門の小さな手を両手で包む。

 

「こっちのゆきなら溶けないからいいよな。」
長門の瞳に一瞬驚いたような気色が映る。
それでもなぜかこの手を離そうとは思わなかった。
長門は手を振りほどくことなく、一歩踏み出すと頭を傾け
身体ごと預けるように寄りかかってきた。
両腕を背中に回し、そっと抱きしめる。
壊れないように、溶けてしまわないように、消えないようにそっと。
二人の間にあった距離が無くなるほど
寒さも消えてゆく。

 

「・・・暖かいか?」
胸のあたりで小さく首肯する長門を感じていた。
あの時言えなかったごめんなさいを、言葉でなく抱きしめることで何度もくり返し叫んでた。
この気持ちが何なのか今はうまく言えないけれど、愛おしく思う。
もう少しこの柔らかな暖かさをずっと感じていたい。
そう思ったとしても、誰も罰しはしないだろう、たぶん。
これも雪の奇跡ってことにしておいてくれ。

 
 

いつか再び歩き始めていた。
長門は少し遅れて歩いてきてる。
もう雪は降っていない。いや、本当に降っていたんだろうか。
さっきまでの出来事はすべて、ゆきが作った幻想のような気がしていた。
頭だけで振り返り、こそりと長門を見つめる。
長門は小さく微笑で返してくれる。

 

長門は変わりはじめている。
もうすぐクリマスがやってくる。SOS団のことだ、どんなバカ騒ぎが待ってることやら。
ひょっとしたらみんなの中で、大声あげて笑ってる長門が見られるかもしれない。
きっとそれはいい事だ。
「冷え込んできたな、急ごう」

 

この時のオレは長門がどんな気持ちでいたか、まったく気付いてなかった。
彼女の微笑みの本当の意味も
長門の心が深い雪に覆われていたことも
全てが失われたあの日がそこまでやって来ていることも
何も―
何も知らなかった。

 
 

(あなたのぬくもりが嬉しかった)
(暖かさが優しかった)
(でも雪はいつか消えてしまう)
(それがとても悲しい)

 

(もし、許されるのなら―)
(運命を変えてもいいのなら)
(わたしは消えないゆきになりたい)
(ずっと…)
(ずっと一緒にいられるゆきになりたい)

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:01:21 (3047d)