作品

概要

作者子持ちししゃも
作品名病院とマフラーとプレゼント
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2009-01-22 (木) 19:40:06

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

 彼が病院に入院して2日目になった。
 その日のシフトは、午前中が古泉一樹、午後一番が朝比奈みくる、わたしが午後の二番手だった。
 15時に交代予定であった為、14時50分に病室へ入ると、朝比奈みくるが彼のそばに置かれた机に正方形の紙を並べ、その紙を折り畳んでいるところだった。

 

「こんにちは、長門さん」
 わたしに気付いた朝比奈みくるが顔を上げると、小さく頭を下げた。声に緊張のパターンが見られる。
「それは」
 正方形の紙から形作られた物を指差して、わたしは尋ねた。
「あ、これはですね、折り紙で作った鶴なんですよ」
 丁度作成が終わったそれを、掌にのせて彼女は言った。嘴、羽根、尾があり、長い首を持つそれは、鶴はともかく鳥には見えた。

 

「何故鶴を?」
「さぁ、わたしも何故なのかはわかりませんが、千羽鶴と言って快気祈願を込めて折るこの国の伝統文化らしいですよ」
 朝比奈みくるは微笑んだ。
「今日は鶴屋さんと一緒に来たんです。鶴屋さんは、病人といったら千羽鶴だよっていって、折り紙こーんなに沢山置いていくんですよ」
 机の上には、封の空いていない折り紙の束がいくつも見て取れる。
 千羽鶴ということは、千羽折らなければいけないということなのだろうか。
 彼女はまた丁寧に鶴を折り始める。正方形が二等辺三角形へ、更に小さな三角形へと折り畳まれていく。くるくると紙が踊り、破壊と創造を積み重ねながら少しずつ鶴が形作られる。

 

「長門さんもいかがですか」
 折り紙の束の一番上、水色を取るとわたしに向けながら彼女は言う。わたしは頭を振った。
「鶴を折ることで、現状が変わるとは思えない」
「そうですね。鶴では意味がないかも知れませんね。でもきっと、じっと待っているよりは落ち着くと思うんです。今日のあたしがそうでしたから」
 手にした折り紙をそっと束に戻すと、今度は彼女の脇においてあった紙袋を膝の上に乗せる。
「長門さん、変わりに編み物なんてどうですか?」
 そして細い棒と、それに這うように絡まった毛糸を中から取り出した。

 

「編もうと思って持ってきたんですけど、鶴屋さんに折り紙をいただいたので……。編み物って、一目一目、身につけてくれる相手を思いながら編むんですよ。早く元気になって下さい、って思いながら編んだら、鶴と一緒ですよね」
 わたしは戸惑った。やはりそのような事をすることで、彼に影響する因果関係は認められない。しかし作成される物が彼の身につける物であり、寒かったであろうあの日の彼を温められる物だという事に、わたしは不思議と心惹かれた。
「長門さんは編み物をしたことありますか?」
 否定がない事をわたしが編み物に興味を持ったと受け取ったのだろう。朝比奈みくるの問いにわたしは首を振った。否、やり方を知る事は出来る。
 しかし、もしそのような意図で編むのであれば、そのようにして知ることはふさわしくないように思えたからだ。
 朝比奈みくるは編み進めていた毛糸を編み棒から外し、ほどき始めた。わたしはその手を止めさせる。

 

「それはあなたが作成していたもの」
 朝比奈みくるは何故だか微笑んだ。
「いいんです。まだ三段しか編んでいなかったですし。まずは練習ですよ」
 彼女はやんわりとわたしの手をどかすと、そのまま毛糸をほどく。あっという間に灰色と黒が混ざった色の毛糸の小さな山が出来上がった。
「そうですね、やはり王道のマフラーを作りましょう。一番簡単なのはメリヤス編みなんですけど、それだと丸まっちゃうんですよね。あ、かのこ編みみたいな感じなら表編みと裏編みで出来るかな。うん」
 その毛糸を、毛糸の本体にくるくると巻き付けながら、朝比奈みくるがつぶやく。その姿は嬉しそうに見えた。

 

 朝比奈みくるに教わりながら、わたしは少しずつ編み進める。
 覚えてしまえば単純な作業だった。それこそ鶴を作るように。
 二種類の編み方を数目ごとに繰り返していくと、小さな正方形を組み合わせた柄が少しずつ表れる。
 朝比奈みくるは、わたしが編み方を覚えた事を確認すると、毛糸が三玉入った紙袋ごと渡して帰っていった。彼女の帰る時間を遅くさせてしまった。申し訳ないと思う。
 涼宮ハルヒは、彼のベッドの側で寝袋に入って眠っていた。緊張にこわばらせた表情で、まるでそれは怒っているかのようにも見える。
 彼は眠り続けている。二人分の小さな寝息が、点滴の機械が動くモーター音の隙間に僅かに聞こえる。
 病院で使用されている次亜塩素酸ナトリウムの匂いが、暖房の風に揺れている。

 

 表編みを五目。
 彼は目を覚ます。
 そのようにしたのはわたしだ。三日の改変を修正するのに必要な時間だった。
 しかしでもそれは確かな未来なのであろうか。改変後、わたしはわたしに同期を断られた。
 リクエストしても、排他をかけられアクセス不能状態である。

 

 裏編みを五目。
 彼が目を覚まさない。
 静かに眠り続けている。確定的な未来を知りえない今、目を覚ますと今ではただ信じているだけのわたしの横で、静かに眠り続けている。
 わたしはわたしに浸食され、彼をのぞく全てを改変したのに、その彼が取り戻した世界で、今は彼だけが眠り続けている。
 わたしは罪を犯した。情報統合思念体によって既に処分が検討されている。
 罪を犯したら、罰を受けねばならない。

 

 表編みを五目。
 彼と共にありたい。
 エラーデータが訴えることを総じて言えば、ただそれだけだった。
 理解が出来ない。わたしはいままで、彼のいるこの時間平面上に存在していた。
 願望は叶えられている。

 

 編み棒の端まで編み終わる。
 編み棒を逆に持ち替える。

 

 表編みを五目。
 否、わたしはどこかで理解していた。
 足りないと感じていた事を。
 表編みを編んでいるように見えて、裏側から見ればそれは裏編みになり、気づいた時にはどちらが起点であったかわからなくなるように、エラーと正常の意識が編み混ざり、何がエラーであったのか、どこからがエラーだったのかが識別不能になる。

 

 裏編みを五目。
 こんな目に彼を合わせてまで、わたしは彼を手に入れたかったのだろうか。
 改変が修復されることでわたしの処分が検討され、彼の側から離れる可能性に晒されても、それを実行したかったのだろうか。
 それは愚問だった。手に入れたかったから、実行したのだ。それ以上でもそれ以下でもなかった。
 その気持ちにわたしは浸食された。

 

「……有希?」
 寝袋が擦れる音の後、涼宮ハルヒが目を覚ました。チャックを上げそこから這い出し起きあがる。
 すぐさま彼の顔を確認し、落胆した表情をすると、目をこすりながらわたしを見た。
「今何時?あれ、何してるの?」

 

「現在は午後16時21分13秒。朝比奈みくるに、編み物を薦められた」
「ああ、午後一番はみくるちゃんだったわね。でもなんでまた編み物なんて」
 彼女は伸びをしながら、少し声のトーンを下げつつ言う。尋ねているとも、独り言ともいえない言葉がわたしにふりかかる。
 わたしは彼の病室に備え付けられている簡易テーブルを指さした。色とりどりの鶴が羽を広げている。
「千羽鶴……?」
「朝比奈みくるが折っていた。わたしも薦められたが、鶴を折ることの意味を見いだせずに断った」
「それで編み物を薦められたって訳ね」
 涼宮ハルヒはそれで納得したようだった。

 

「千羽鶴を折るのって、まぁ快気祈願っちゃそうなんだけどさ。どっちかっていったら、折る側の都合の気がするのよね」
 涼宮ハルヒは、脇に折り畳まれていたパイプ椅子を机の前に広げ座った。そして鶴の尾の部分を摘むと、手で弄り始める。まるで羽ばたくように、彼女の手の中で鶴が踊る。
「相手の為に何かしたいけど、そうそう出来る事ってあるわけじゃないし……。そばに居たって目を覚ましてくれないんじゃさ、やっぱり落ち込むだけだもんね」
 独り言のように、つぶやく。彼女はただ鶴を見つめている。
「何かを相手の為にしているって気になれば、やってる本人が救われる気がするだけなのかもね。……あたしがこうして居ることも、ね」
 彼女は目を伏せ、静かに深く息を吐く。
 そしてそのまま机に顔を伏せる。わたしには彼女が涙を流しているように見えたが、泣いてはいないこともまた知っていた。

 

「だいじょうぶ。彼は目を覚ます。あなたも彼が目を覚ました時の為に何かすれば良い」
 その言葉はただ曖昧な願望というものなのだろう。でもこの場に相応しい気がした。
 彼女は一瞬身体を震わせた後、身を起こした。
「そ、そうね。もちろんそうよ。この貸しをうーんと払わせなきゃいけないんだから。ついでに何か編んでやって、更にお返しをうーんとふんだくってやるわっ」
 彼女は着替えを始めると、小さいバッグを手にした。近くの量販店に毛糸と編み棒を買いにいくとのこと。
 「外に出たら携帯の電源を入れておくから。目を覚まさなくても、うめき声の一つもあげたらすぐさま連絡するのよっ」
 と言いおいてあっという間に姿を消した。その回転と行動の早さこそが、涼宮ハルヒの涼宮ハルヒ的なところだとわたしは認識している。
 わたしが編み物をしていることに言及し、中止させられる確率はかなり高かった筈だが、彼女はそれをしなかった。

 

 入学した頃は排他的であった彼女は、今では自分の不安を、他者が抱いている不安として投影することが出来る。
 彼女は彼を仲介することで、他者との関わり方を学んでいた。
 それはわたしもまた同じであると自覚する。

 

 彼と二人きりになった静かな部屋で、わたしは編み物を続けた。
 表編みを五目。
 わたしはわたしを選べなかった。
 改変を行いたいわたしも、回避したいわたしも、わたしであったから。

 
 
 

 裏編みを五目。
 彼は、わたしをどう思うだろうか。
 自分勝手に世界を壊し、不親切な一文だけ置いて、彼を放り投げたわたしを。

 
 

 手の届く距離に、彼は静かに眠り続ける。
 しかしその距離は、果てしなく遠くも感じた。

 

 犯した罪は消せない。
 わたしは、どのような罰も受けよう。

 

 彼は、ここに戻ってきてくれたことで、この世界を選択した事を示してくれた。
 選べなかったわたしに、この時間軸に生きるわたしはわたしで良いということを教えてくれた。
 この世界で生きたいという、それが彼の望みであるのなら。
 この世界で生きる為に、わたしは思うように生きてみよう。
 そしてそれが、処分されるまでの短い間であろうとも。

 

 もし消えることになっても。誰の記憶からも消えることになったとしても。
 このマフラーが彼を温めてくれたら、きっとそれはわたしにとって意味のあったことだと思う。

 

 

 クリスマスは散々だった。
 俺はトナカイの着ぐるみなぞを着させられ、いつものメンバープラス、名誉顧問に就任した鶴屋さんの目の前で、緊張の汗なのか冷や汗なのか、はたまた着ぐるみが単に暑かったのか、どう形容していいかわからない汗をだくだくとかきながら笑えない芸をさせられたのである。
 そうそう。鍋が美味かったことは、予想外のことだった。
 正直な感想を言えば、恐ろしく美味かった。ハルヒのやつはまったく何でも器用にこなす。
 煮たら食べられない物はないだろうとか、ハルヒの胃腸がどうのこうのと思った詫びに、全力で土下座して謝ってもいいくらいだった。
 心の中のことなので、謝るとしても心の中でだがな。

 

 そしてクリスマスといえばプレゼントである。それぞれ一品ずつ持ち寄ったプレゼントをクジで交換するらしい。
 ハルヒのやつにあらかじめ言い渡されていたので、俺も見繕ってきた。みんなに心配させたお詫びという名目で、散々おごらされたので財布の中身はこの冬空のように氷点下の冷たさだったが、なんとか捻出しての品である。
 何も思いつかなかったが、ふと目に付いて気になったのが懐中時計だったので、それにした。前述の通りなので、安物だけどな。
 鈍く金色に光る、掌サイズの時計だった。

 

 鶴屋さんを入れて6人でクジを回し引き、交換が行われた。
 もし自分のものが当たった人が複数でた場合、それはその人同士で交換をするというのがルールだそうだ。
 ちなみに一人だけだったら諦めろというのは、暴君ハルヒのお達しである。

 

 名誉顧問の鶴屋さんを筆頭にし、古泉、朝比奈さん、長門、俺、そして最後にクジを作ったハルヒが引く。
 各々番号を見ながら、集められたプレゼントの番号を見て引き換えていった。

 

「おや、あたしのはお花だねっ。これはプリザーブドフラワーだねぇ」
 最初にクジをひいた鶴屋さんが、さっそく袋を開けていた。小さな鉢植えに、色鮮やかな可愛らしい花が彩られている。
 ぷりざーぶ……?なんじゃそりゃと思っていたら、
「ええ、そうです。水を与える必要もありませんし、保存状態にもよりますが10年以上保つことが出来るようですよ。
 ただし水気には弱いですから、水をあげたり湿気の多い所には置かない方が良さそうです」
 なるほど。しかし花とはいけすかない古泉らしいチョイスでもある。俺に当たったらどうするんだ。
「それはそれで、その花が相応しいと思う相手に差し上げていただければ、僕としても嬉しいんですが」
 近い。寄るな。
 耳元近くでそう囁いた古泉を、手で追い払う。
「ありがとねっ。めがっさ嬉しいよっ!」
 鶴屋さんは、花を手にまぶしい笑顔でそう言った。この人がいるだけで、どこでもきっと明るくなるんだろうといういい笑顔だった。

 

 俺も自分の袋を開けてみた。
 クリスマスカラーとかいうのであろうか。緑色と赤のチェックの紙袋の中からは、灰色と黒の色が織り交ざった毛糸のマフラーが出てきた。
 丁寧に編みこまれたそれは俺には既製品に見えたが、取り出して良く見てもタグの一つもない。
 まさかこれは手編みのマフラー、というやつであろうか。俺は思わず緊張する。
 編み物といえば、朝比奈さんである。もしやこれは朝比奈さんのお手製?!
 しかしその俺の淡い夢は、儚くもすぐに崩れ去った。

 

 隣にいる古泉が取り出したのが、可愛らしい水色の毛糸で出来たレッグウォーマーだったからである。白い毛糸で、うさぎと思われる模様が編みこまれている。
 そのあまりのメルヘンな一品は、どうみてもマイエンジェル朝比奈さんからのプレゼントに見えた。
「おや、これは素敵なものをいただけたようです」
「あ、それあたしが編んだんですよ。気に入ってもらえたら嬉しいです」
 穏やかな可愛らしい笑顔で朝比奈さんが答えた。古泉はいつもの笑みでお礼なんぞを言っている。……なんとも忌々しい。

 

「朝比奈さんは何でしたか?」
 古泉の問いに、朝比奈さんは大きな袋を開け始めた。
 紙袋の中からさらに包装紙に包まれた箱、更に潰し出すと止まらなくなるあのぷちぷちに包まれていたそれを取り出す。厳重に守られていたそれは、メイン部分がガラス製、銀色に光る持ち手や蓋を持つ紅茶を入れる道具だった。
「ええと……、あ、ティーサーバーです!」
 その銀色の蓋や持ち手に、花や草がからまったような綺麗な模様が入っているそれは、やたらと高級そうに見えた。
「お、みくるに渡ったかいっ。それはなんと!一度に5人分が入れられる魅惑の一品だよっ!是非それで美味しい紅茶を入れてくれたまえ!」
 鶴屋さんは上機嫌に朝比奈さんの背中を叩きながら言った。
 なんとも鶴屋さんらしいチョイスである。これならSOS団員の誰に当たっても、部室に配備される品であり、もし自分が当たったとしても、きっとにこにこしながら置いていってくれるんだろう。鶴屋さんはそういう人だ。
 朝比奈さんもにこにこしながら、さっそくどんな紅茶を入れようか思いを馳せているようだった。

 

「長門はなんだった?」
 俺の左隣で袋の中を覗いたまま、それを取り出さない小さな宇宙人に声をかけてみる。
 長門は躊躇するような動作を見せてから、ゆっくり袋の中に手を入れ、それを俺に見せた。
 長門の小さな手に乗せられていたものは、ベージュ色の毛糸の手袋だった。
「手袋か。これももしかして手作り……?」
 やはりタグなども見つからないし、既製品には見えない素朴な感じがする。長門は俺の言葉に頷く。
 俺は首を傾げた。手作りの品が3つ。プレゼントは一人一つ。
 古泉は花、鶴屋さんからはティーサーバーが確定している。
「なんだもしかして、みんな手作りをプレゼントにしたのか?」
 長門は俯いたまま答えなかった。

 

 そうなると。
「おや、涼宮さんは懐中時計ですか」
 消去法的に、俺のセレクトはハルヒのやつに渡ることになるな。
 ハルヒはじと目にアヒル口をしながら袋を開けていたが、自分のプレゼントを見るや否や目を丸くした。
「……」
 UFOでも見たかのように、まるで信じられないというような顔をして、口をぽかんと開けている。
「これは……あなたのプレゼントですか?」
 にやけ顔が、俺を見る。
 ああ、そうだよ。センスなくて悪かったな。
「いえいえ、光陰矢のごとし、師も走るという月に三日間も眠っていたあなたからの大切なメッセージとお見受けしますよ?」
 なんじゃそりゃ。嫌味かい。
 古泉は何故か上機嫌に微笑んでいた。まったく忌々しいことである。
「ま、まぁセンスはいまいちよねっ」
 ああそうかい。それなら返してもらおうか。
「ほら、クリスマスプレゼントはサンタさんからの贈り物だし。もらう側は選べないからね、しょうがないからもらってあげるわよ!」
 ハルヒまでもやたらとご機嫌になり、ハイテンションな鶴屋さんとハルヒという無敵タッグがいるこのパーティは、なんとも賑やかなまま幕を閉じたのである。

 
 

 学校を出て帰る道すがら、俺は気が気ではなかった。長門から例の公園で待っていると言われたからである。
 因縁深きというか、あの光陽園駅前公園だ。
 何せ例の三日からさして時間も経っていない。親玉から何か通達でもあったのかと、皆と別れた後に訝しがられない為の時間を稼ぐのももどかしく、大急ぎで自転車をかっ飛ばす。

 

 公園に入ると、あの日と同じ場所の木製のベンチに、長門はじっと座って俺を待っていた。
 今年も終わろうというこの季節に、セーラー服とカーディガンだけである。見ているこっちが寒いくらいだ。
「長門、どうしたんだ」
 俺は自転車を降りて長門の側へゆっくりと近づく。
 長門は膝の上に乗せていた紙袋を手に立ち上がると、俺にそれを突きつけた。
「これはあなたが持つべき」
 自転車を止めて、俺はそれを受け取る。中を見ると、それはプレゼント交換会で長門がもらったベージュの手袋だった。
 長門はそれだけ言うと、背を向けて歩き出した。向いている先は長門のマンション方面である。
 何だ?用はそれだけか?
「長門、どういうことだ?」
 長門は歩みを止め、しばらくそのまま静止した後、ゆっくりと振り向いた。そして俺が手にした手袋を指差して、
「それは、涼宮ハルヒが」
 と言って黙り込む。
 そういえばあの現場で、俺は二つ送り手が確定していないプレゼントを知っている。
「これ、ハルヒが作ったのか」
 長門は小さく頷いた。口から漏れた息が白く立ち上る。
「病院で、あなたの快気を願って編まれた物。あなたが持つべき」
 俺の快気を願って編まれた物。その言葉に思わず唖然とする。
「俺の為に?」
「そう」
 長門は頷くが、なんだか納得しかねた。
「じゃあ何故プレゼント交換なんだ?」
 長門は少し首を傾げるようにしてから、
「渡す段階になって、涼宮ハルヒは羞恥を感じたと思われる。彼女はそれをプレゼント交換に出すと言い、わたしと朝比奈みくるもそれに従った」

 

 ……自意識過剰と思われる為、すぐさまここで穴を掘るか、マリアナ海溝まで潜りに行きたい気分だが、それを忍んで言うとすれば、お前達三人は俺の快気祈願として編み物をし、目覚めた俺に渡す予定だったが、ハルヒが渡す段階になって恥ずかしくなり、「クリスマス会といえばプレゼント交換よねっ。それでSOS団の誰かに渡ればいいわよ。誰に渡ってもあたしの可愛い団員達だもん。それにキョンに渡して、勘違いでもされたら迷惑だからっ!」とでも言ったのか。
「……見ていた?」
 いやいや、見てない見てない。って、マジですか。

 

「涼宮ハルヒはわたし達には渡すように言ったが、わたしと朝比奈みくるは彼女に倣うことにした」
 ハルヒが渡さないというのに、二人に渡すような真似は出来ないだろう。ようやく納得がいった。
 しかしこのプレゼントを俺が受け取ってしまったら。
「でもそれじゃ、お前にはクリスマスプレゼントがなくなっちまう」
「構わない」
 長門は即答した。
「しかしだな」
「では、あなたのプレゼントと交換」
 ハルヒのプレゼントがこの手袋だとわかった今、確定してなかったマフラーの贈り主がそう言った。
 自分が交換に出したプレゼントなのに。
 その姿は何故だか、自分が一生懸命に作った物を、自分で壊して泣いている、そんな子供の振る舞いのようにみえた。

 

「長門、これは俺がお前からもらった物だ」
 連続的に立ち上っていた、長門の吐く白い息が止まった。少し離れていて表情は見えない。
 俺は自転車の前カゴにもらった手袋を入れる。そして同じくカゴに入れていたプレゼントの袋からマフラーを取り出すと、今までしていたマフラーの替わりにそれを首に巻いた。
 自分の体温で温まっていたマフラーを取り替えたので、少しだけ寒く感じるが、でもとても温かかった。
 そして長門の方に近づいて、自分がしていたそれを長門の首に巻いてやった。
 実際どうかわからんが、寒そうだったしな。少しでも温かくなればいい。

 

「使い古しで悪いんだが、これを替わりに、じゃだめか」
 長門は少しだけ目を見開いたように見えた。街灯の明かりを反射して、きらめく湖面のように長門の瞳が揺れ動く。
「人のお古なんてのもあれだよな……。正月越して収入があるまで待ってくれないか。おごらされ続けて、財布が素寒貧でな」
 珍しくも長門は、不器用にカクカクと首を横に振った。普段からすれば、かなりのオーバーアクションに見える。
「……嫌じゃない」
「本当か?でも遠慮なんかするなよ。正月にはお年玉という当てもある訳だしな。お前には色々世話になってるし」
 長門はまた首を振った。
 そしてマフラーに顔を埋めるようにして、きっぱりと言った。
「これがいい」
 そして一拍間を空けて、小さく
「それに迷惑をかけたのはわたし」
 と続けた。

 

 ああ、長門。お前は気にしているのか。
「長門。
 今のお前にはわからない事なのかも知れない。けど聞いてくれ。
 俺は向こうのお前にひどい事をしちまった。
 一方的にお前は宇宙人だと言い、部室を漁り、お前やこっちの世界に繋がる物ばかり探して、向こうのお前を見てやれなかった」
 長門は夜を写す鏡のような瞳でじっと俺を見つめている。

 

「俺はこっちの世界を選んだ。
 こっちの世界でずっと生きてたし、俺は今まで一緒に居たお前やあいつらが好きだったからだ。
 今のお前達と居たいと思ったからだ」

 

 気がづいた時には、深夜の病院でのあの時のように、俺は長門の手を握りしめていた。冷え切った氷のように冷たい白い手が、俺の手の中で存在を主張する。
 長門は俺をじっと見続けている。

 

「ずっと俺はお前に甘えていた。お前の感情は俺が一番わかるなんて自惚れてお前を追い詰めていた、大馬鹿野郎だ。
 お前がお前じゃなくなって、初めて気付いた。心底後悔したよ」

 

 繋いだ手を引き寄せる。それは衝動のようなものだったと思う。
 彼女の羽毛のように軽い体が、俺の側に寄せられる。握った手を離して、彼女の体をかき抱く。長門の小さな体は、あっけなく俺の胸に収まった。

 

「だからな、お前は責任なんてものは、考えなくていい。
 それに生きていれば誰かに迷惑をかけるのは当然だ。それが他人と関わるってことだ。
 ……俺はお前の側にいるよな?手の届くところにいるよな?だったら少しは俺を頼ってくれ。
 出来ることなんて何もないのかもしれない。それだったら、愚痴の一つでもいいから、聞かせてくれ」

 

 微かに長門が頷いた感触がした。

 

 

 わたしは操作をしていた。
 プレゼント交換の時、涼宮ハルヒのプレゼントが彼に渡るように。彼のプレゼントが彼女に渡るように。
 そしてわたしのプレゼントがわたしの元へ戻るように。
 わたしが居なくなっても、わたしが居た事の証であるように作ったそれは、ある意味でわたしの形見であるべきものだったから、こうしてここに居られる事になった今では、不要の代物に思えたからだ。

 

 しかし結果は異なった。
 彼女は、わたしか朝比奈みくるのプレゼントが彼に渡ることを無意識下で望んだのだろう。
 わたしと朝比奈みくるが彼女に倣い、プレゼントを交換に出すと言った時、僅かながら自分の発言への後悔の表情が見てとれた事を思い出す。
 それ故彼女の願いが、この結果を呼んだのだろう。

 

 処分を受ける筈だったわたし。
 自分で編んだマフラーを受け取る筈だったわたし。
 手袋を渡して帰るだけだった筈のわたし。

 

 全てが覆され、
 わたしは彼の腕の中にいる。

 

 わたしを包み込んだ、柔らかで温かな彼の温もり。
 エラーを起こしたわたしが、欲したもの。
 それは想像以上に温かく、居心地が良くて、そしてわたしを壊そうとする。

 

 そっと手の平で彼の胸を押し、わたしはその温かな場所から離れた。
「す、すまん、長門」
 彼は慌てたようにして、大げさにわたしから遠ざかる。
「いい」
 頭を振るわたしの頭に、また温かなもの。
 彼の手が、わたしの頭に乗せられ、すぐに離された。

 

「マフラーありがとな、とっても温かいぞ。……」
 何か言葉を続けようとして彼は口を開き、しかしそのままつぐむ。
 しばらくしてからまた口を開き、
「大事にする。それじゃあ、帰るな」
 彼の言葉にわたしが頷くと、彼は自転車に乗って帰っていった。

 

 違う。
 温かいのはわたしの方。

 

 わたしの罪を彼は責めなかった。
 それどころか、ここにわたしが居ていいと言ってくれた。
 病院と今、言葉を変えて二度までも。

 

 このような短い間に、予測が覆される事象が何度も確認されている。
 それは、ひらひらと舞い落ちる雪が、どのような軌跡を辿っても地面に溶けて消えてしまうようなものなのかもしれない。
 同期をせずに、自由に動けていると思っても、結局規定事項をなぞらえているだけなのかもしれない。

 

 でもそれは、希望という名の、身に余る程のプレゼントだと、わたしは思うのだ。

 


トップ   編集 凍結 差分 バックアップ 添付 複製 名前変更 リロード   新規 一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:01:17 (1741d)