作品

概要

作者ながといっく
作品名ある雪の日のこと
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2009-01-19 (月) 01:17:19

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる登場
古泉一樹登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子不登場
喜緑江美里不登場
周防九曜不登場
思念体登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口不登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

 ――わたしは、覚えている。
 ――あなたが、忘れたことさえ忘れてしまっても。

 
 

 卒業式の日、ハルヒの能力は消えた。
 ハルヒとしても、やりたいことは全てやりつくしたのだろう。
 まぁ、3年間に渡る俺達の苦労をこいつは知らないわけだが。

 

 俺達3人の卒業に伴い、SOS団も自然解散。長らく無断賃借していた文芸部室も、この度生徒会に返却されることとなった。
 聞いた話では、長らく部員ゼロの文芸部は廃部になる見通しらしい。

 

 朝比奈さんは未来に帰った。ハルヒには外国留学しているということになっている。
 年に数回、こちらに来て俺達と遊んでいくが、彼女はいつ見ても相も変わらずお美しい。
 少しずつ大人びていく彼女を見るのは俺の数少ない楽しみである。

 

 ハルヒと古泉は地元の名門国立大に進学した。
 大学生になっても古泉は相変わらずハルヒの付き人で、副団長時代と変わらぬ従順さらしい。そのせいか、付きあってもいないのに美男美女カップルとして有名になっているとか。
 まぁ、ハルヒにとっては男避けになるからいいのかもしれない。
 機関のお役御免となった古泉が未だにハルヒのそばにいるのは…たぶん、そういうことなんだろう。俺にも思うところがないわけではないが、特に口出しはしない。それが俺のスタンスだ。

 

 俺だが、ハルヒや古泉とは違う大学に通っている。
 二人は俺も同じ大学に行けるようにといろいろ世話を焼いてくれたのだが、もともとの出来が違うのか、それとも単に勉強しなかったからなのか、やはり俺には無理だった。
 それでも俺の実力からみれば到底無理だと思っていた中堅私立に入れたのだから、二人には感謝すべきなのだろう。

 

 こうして俺達は大学生になった。
 なんだかんだで一年が過ぎ、今年もまた冬を迎えている。
 いろいろと非常識なことが有り過ぎた高校時代に比べると、今はまさに平穏そのものだ。
 初めのうちこそ、つまらないだとか、非日常が懐かしいだとか思ったりもしたが、結局のところ人間は慣れる生き物であって、俺も次第にそんなことは思わなくなっていた。
 適当に講義に出て、適当に試験をこなして、適当に遊んで。今では俺も普通の人間と変わらない日常を過ごしている。

 
 

 某私鉄の駅前広場。

 

 高校時代に何度ここに集まっただろう。
 ハルヒの奴の不毛な不思議探索の度にここに来たもんだ。
 その大半は俺がビリであり、全員分の喫茶店代を払ったことも今となっては懐かしい。ちなみにその規則は今も有効であり、一番遅くに来た人間が何かを奢る悪習は未だ健在である。

 

 ああ、現実逃避からか言い忘れていたが、今日はクリスマスイブだ。
 といっても、彼女なんぞいない俺からすれば、何の変哲もないただの平日である。
 それはハルヒや古泉も同じなようで、今日は3人で夜通し遊ぶ約束をしている。違う大学といっても所詮は近場だ。三人で集まることは珍しいことではない。俺としても、高校時代を一緒に過ごした気の知れた仲間と過ごす時間は楽しいものだからな。

 

 さて、集合時間まであと30分もある。
 いくら財布の中身が寂しいとは言え、さすがに早く来すぎただろうか。
 正直言ってかなり寒い。だが今ここを動けば確実に墓穴を掘ることになる。やはり待つしかないのだろう。
 ……しかし、寒い。

 
 

 冬。
 この季節は俺を憂鬱にさせる。

 

 昔から冬は好きじゃなかった。
 寒くて手は悴むし、凍る道路は滑って危ない。
 何をするのも億劫になるし、朝起きるのも嫌になる。
 ましてや今日みたいに雪が降る日には…

 

 そう、雪なんか…

 
 

 ちらほらと降る白い粒。
 このあたりではたまに降ることはあっても、積もることはまずない。

 

 それはゆっくりと舞い降りてくる。
 地に落ちては消えて、また落ちては消えて、消えて。
 その姿は、冷たくて、儚かった。

 

 手のひらですくってみた。
 思ったより冷たかった。
 ――溶けて、消えた。

 
 

 いつからだろうか。
 雪を眺めるようになったのは。
 忌々しいとしか思っていなかった気候現象を、何故か愛しく、そして哀しく感じるようになったのは。
 去年まではそんな風に思わなかったのにな。

 

 何故だかわからない。
 この白い結晶を眺めていると、
 何か大切なものを忘れたような、
 何か大切なものを失ったような、
 
 そんな気分になる。

 

 でも何かはわからない。きっと気のせいなんだろう。

 
 

 ゆき…か。

 
 

「キョン!」
 耳に響くハルヒの声。よう、意外と早かったな。
「それはこっちの台詞よ。珍しいじゃないの。まぁ早めに来て正解だったわ。今日のおごりは古泉君ね………どうしたの、あんた?」
 ハルヒはそう言うと怪訝な顔で俺を見つめた。
 どうしたって、何がだ?俺の顔になんかついてるか?

 

「なんであんた、泣いてるの?」

 

 

 涼宮ハルヒが能力を失った日、未だかつてないほどの大きな情報フレアが観測された。
 涼宮ハルヒの情報創造能力は徐々に弱まりつつあったため、情報統合思念体はその消失をかねてから予期していた。

 

 しかし、最後に彼女が起こした情報爆発は、我々の予想をはるかに超える規模のものだった。
 荒らしの前の静けさだったのか、消えゆく星の最後の輝きなのか。銀河のはずれの一惑星から噴出した情報フレアは、瞬く間に全宇宙を覆いつくした。
 改めて、涼宮ハルヒの力を思い知らされた。

 

 全宇宙を覆うほどの巨大な情報フレア。
 未知の情報群の全てを解析するには、我々の感覚でも莫大な時間がかかるらしい。
 これが自立進化の鍵となるかどうかは今もって不明ではある。だが、我々にとって有益な情報が得られることは間違いないであろう。

 

 任務を終えたわたしには選択肢が与えられた。
 情報統合思念体の一意識として、もといた場所に回帰するか。それとも有機生命体として、限られた命をこの星で生きるか。

 

 後者には条件が課せられた。
 第一に、ヒューマノイドインターフェースの能力一切を消去すること。
 第二に、"インターフェースとしての"長門有希の存在は消滅すること。

 

 つまり、今までの長門有希の記憶はこの星から消え去る。
 今までの"わたし"は消滅し、新しい"わたし"として生きることになる。

 

 記憶の消滅は人間にとっての"死"に等しい。人間なら非情だと思うかもしれない。
 だが、統合思念体の判断としては、至極当たり前のものだった。
 この惑星にとって我々はイレギュラーな存在であり、統合思念体の痕跡を残すことは好ましくない。この惑星の生態系に後遺症を残す可能性があるからだ。

 

 統合思念体はわたしが回帰することを強く望んだ。
 自立進化の可能性を得た統合思念体の最大の功労者として、わたしは全ての派閥から歓迎される立場となっていた。
 元来所属していたのが主流派ということもあり、回帰した暁には相当の地位を得られるようだった。

 

 それに比べると、この星に残るというのは辛い選択かもしれない。
 誰もわたしのことを知らない。
 誰もわたしのことを覚えていない。
 同じ経験を共有する仲間もいない。

 

 それでもわたしは人間になりたかった。
 "彼"と同じ存在になりたかった。
 たとえ、その彼がわたしを覚えていなくても。

 

 こうして、わたしは文字通り生まれ変わることとなった。

 
 

 わたしには今までの情報とは別に、北高の卒業生「長門有希」としての情報が与えられた。
 統合思念体と接続できなくなっても、わたしには今までの読書で得た知識がある。望めば彼と、あるいは涼宮ハルヒらと同じ大学に進学することも出来ただろう。あるいはそこで彼らと再び出会うことも可能だったかもしれない。

 

 でも、わたしはそうしなかった。

 

 彼らに会うのが怖かった。
 彼らにはわたしの記憶は残されていない。
 それを突きつけられるのが恐ろしかった。
 とうに覚悟していた、はずなのに。

 

 生まれ変わった別の人間として彼らに出会い、彼らと新しい思い出を作るという勇気が、わたしにはなかった。

 

 そして、いつしかわたしは彼らと再会することを諦めていた。

 
 

 わたしが人間になってから、彼らがわたしを忘れてから、もうすぐ1年が起とうとしていた。
 わたしは家にこもるようになっていた。外出と言えば近くのコンビニで弁当を買うくらい。
 文芸部室にあった大量の書籍を備品整理の際に部屋に持ってきていたため、読む本に困ることはない。

 

 朝に起きて、本を読み、食事を摂り、体を洗い、夜に寝る。その繰り返し。
 高校生であった頃と比べると、驚くほど単調な毎日だった。

 

 ある日、部屋の掃除をしていた時にふと気づく。
 この部屋も、随分と色々なものが増えた。ほとんどがわたしが生まれたころにはなかったもの。
 カーテンすら無かったこの部屋も、今では大分生活感が出てきたと我ながら思う。
 そういえば、この衣装タンスもあの化粧台も、涼宮ハルヒがどこからか持ってきたものだった。

 

 使わない化粧台に置いてある写真立てを見つける。
 中に飾ってある一枚の写真に映っているのは、懐かしい光景だった。

 

 満面の笑みを見せる涼宮ハルヒ。
 控え目に微笑んでいる朝比奈みくる。
 朗らかな笑みを崩さない古泉一樹。
 疲れたような顔をしている彼。
 無表情なわたし。

 

 いつも一緒だったのに。
 ――もう、あの頃には戻れない。

 

 胸の奥がきりきりと締め付けられるように痛む。
 インターフェースだったころには単なるエラーとしか認識できなかったもの。
 これが人間の"感情"なのだろうか。
 "感情"とはこんなに痛みを伴うものなのか。
 苦しいだけなら、痛いだけなら、"感情"などいらない。
 そんなことすら思えた。あれだけ渇望してやまなかったものなのに。

 

 用意した段ボールにSOS団に関わる物品を納めていく。
 コンピューター研究部から勝ち取ったノートパソコン。
 涼宮ハルヒがわたし用に買ったバニースーツ。
 映画撮影時に使った先端に星マークがついた棒。
「…不要」
 そう、全て必要のないもの。

 

 まだある。
 その全てが思い出の詰まった物品。
 わたし以外に誰も覚えていない思い出だけれども。

 

『あの、気に入って貰えるか……おうちで使ってくださいね』
 ――朝比奈みくるに貰った湯呑茶碗。
「…もう、必要ない」
 結局、あなたの様に上手く淹れることは出来なかった。

 

『単純ですがなかなか楽しいものですよ。僕にはさっぱり解けませんが』
 ――古泉一樹に貰ったルービックキューブ。
「……これも」
 数秒で完成させた時のあなたの呆れ顔が懐かしい。

 

『有希は元がいいんだからもっとオシャレしなくちゃダメよ!』
 ――涼宮ハルヒに貰ったメイクセット。
「………これ…も…」
 使ってみたものの加減がわからず、皆に大笑いされた。

 
 

「…これ…も………」
 最後に手に取ったのは、薄く小さな長方形のもの。
 最も小さくて、わたしが最も大切にしてきたもの。

 

『まったく、長門は本当に本の虫だな』

 

「……必要………ない……」

 

 ――彼が作ってくれた貸出カード。

 

「…っ……」

 

 小さなカードを抱きしめて、床にへたりこむ。
 力が入らない。震えが止まらない。
 寒くないのに寒い。
 痛くないのに痛い。

 

 床に水滴が落ちる。
 雨洩りだろうか。
 違う。

 

 "それ"は緩やかにわたしの頬をつたって落ちた。
 水じゃなくて、もっと寂しい粒。

 

 空から舞い降りる、雪のように。

 

 床を濡らす液体は小さな水たまりを形作る。
 鏡に映るわたしはどのような顔をしているのだろうか。
 彼がこんなわたしをみたらどう思うだろうか。
 わたしの微細な表情を読み取ってくれた彼なら。驚くだろうか。慌てるだろうか。

 

 治まりかけていた震えが再びわたしを襲った。

 

 わたしは、寂しかった。

 
 
 

 結局、わたしはなにも捨てることが出来なかった。
 もう必要のないものだと、頭ではわかっていても、わたしの心の奥底の何かがそれを拒否していた。

 

 多少気持ちが落ち着いたので、気分転換に図書館へ行くことにした。
 部屋の本もあらかた読みつくしたし、そろそろ新しい本が欲しい。
 それに、あの部屋にいると、また感情が不安定になりそうだった。

 

 今日はクリスマスイブ。
 心なしか街も賑やかである。
 ――彼は今どこで、何をしているのだろうか。
 ――涼宮ハルヒらと遊んでいるだろうか。
 ――それとも他の異性と…

 

 ……わたしにはもう関係ない。

 

 外には雪が降っていた。
 不思議と暖かい気持ちになる。
 ――彼も、どこかでこの雪を見ているだろうか。
 ――この雪を見て彼は何を感じるのだろう。

 

 ……困ったものだ。また彼のことを考えている。
 つい先ほど、もう考えるのは止そうと思ったばかりなのに。
 鶏は3歩歩けば考えていたことを忘れるというが、案外わたしも似たようなものかもしれない。

 

 久しぶりの図書館は相変わらず快適だった。
 夏は涼しいし冬は暖かい。つい居眠りをしてしまうのもわかる気がする。
 ――誰が?わたしは居眠りなどしたことはないはず。

 

 ……本を、探そう。

 

 適当に本棚を散策し、何冊か興味を惹かれる本を見つける。
 今のわたしの体力は同体型の有機生命体と同水準なので、以前のように大量の本を持ち運ぶことは出来ない。
 ほんの数冊持っただけで重く感じるのは不思議な感覚だ。

 

 息を切らしながらカウンターに向かっている途中で気付いた。
 かつての私の情報は抹消されているはず。恐らくこの貸出カードはもう使えないだろう。

 

 ――せっかく彼に作ってもらったのに、残念。

 

 ……もういい。もう忘れていい。

 

 ともかくこのままでは本を借りることが出来ない。新しい貸出カードを作らなくては。
 とりあえず本をソファーの上に置いて、貸出カウンターへと向かう。受付には人だかり。結構な時間が掛かりそうだ。

 

 さて、どうしよう。
 今から並んでおくべきか。
 それとも本を読んで時間を潰し、空いたころもう一度来れば――

 

「本、借りたいのか?」

 

 

「なんであんた、泣いてるの?」

 

 そのとき、俺の中で何かが弾けた。
 それは、頭の中に何かが雪崩のように流れ込んでくる感覚。
 足りなかったものが埋まる感覚。凍っていた物が溶ける感覚。

 

 俺は"それ"を思い出した。
 忘れようとしたって絶対に忘れられない経験。
 忘れようとしたって絶対に忘れられない奴。
 絶対に忘れちゃいけないはずで、絶対に忘れたくなかったこと。

 

 文芸部室の隅っこでいつも本を読んでいた無口で表情に乏しい少女。
 宇宙人製の有機アンドロイドでもある長門有希。

 

 高級マンションでの仰天カミングアウト。
 クラス委員長に殺されかけた俺を救ってくれたこと。
 ゲーム対決で見せた負けず嫌いな一面。
 あの冬の日に初めて知った、長門の苦悩と本心。

 

 その全てが戻ってきた。

 

 次の瞬間、俺は走り出していた。
 ハルヒが何か叫んでいたがよく覚えていない。悪いなハルヒ、罰金ならいくらでも払うから今日は立て替えといてくれ。

 

 何故図書館に走っているのか、俺自身にもわからない。
 長門がいそうな所なら他にもある。あの高級マンションにいるかもしれないし、もしかしたらまだ北高の文芸部室にいるかもしれない。

 

 ――また図書館に

 

 長門が図書館にいる確証なんかない。
 でも俺は、そこに長門がいる気がしてならなかった。
 古泉風に言うなら、わかってしまうんだから仕方ない、ってやつだな。
 何故だかは知らんが、長門が俺を図書館で待ってる気がするんだ。

 

 ちらほらと降る雪が視界の邪魔をする。冷たい粒が俺の顔に当たる。
 俺の顔を濡らすのが涙なのか雪なのかなんて、もうわからない。

 

 雪、ゆき、有希。
 そうだ、俺がお前のことを忘れるわけがない。忘れていいわけがない。世界の全部がお前を忘れたって、俺は忘れない。
 
 本当かって?ああ、間違いなく本当だ。
 なぜなら、もうすぐそこに見えるお前を、俺は間違いなく覚えているんだからな。

 

 図書館の自動ドアを潜ると、暖房がきいた室内独特の熱気が俺を包んだ。
 少し息を落ち着かせ、足音を忍ばせて、そいつの後ろに立つ。
 一年前から何も変わらない、その見慣れた後ろ姿に声をかける。

 

「本、借りたいのか?」

 

 

「………」
 目の前の少女が発する無言は、俺が慣れ親しんだ無表情とセットの三点リーダではなく、俺も初めて見る驚愕の表情とセットの絶句であった。
 未だ声を発せられないでいる少女に向かって告げる。
「久しぶりだな、長門」

 

「………」
 長門はその小さな口を半開きにし、言葉が見つからないといった様子だった。
 そのとき俺は気づいた。長門の頬に残る涙の跡に。
 そこからの行動は俺の黒歴史だな。全くあの時の俺は何を考えていたんだろうかね。

 

 俺は、長門の頬に残るその跡をそっと指で撫でた。
 ぴくんと反応し上を向く長門。その瞳の色は出会った頃と変わらない。
 透き通っていて、それでいて深みのある黒。
 でもそこには、かつて感じた液体ヘリウムのような冷たさは無かった。
 例えるならば、そう、雪解け水のような、温かみのある冷たさ。
 そんな瞳に吸い寄せられるように俺は、
 
 ――きっと血迷ってたんだな。
 
 長門にそっと口づけをしていた。

 

 さて、読者諸君はお気づきだろうか。
Q:このメロドラマ風味の再会劇の会場は?
A:図書館である。
Q:図書館は若い男女がキスをする場所か?
A:考えたくもないね。

 

 次の瞬間、図書館中に拍手と歓声が湧き上がった。
 やめてくれ、せめて白い目で見てくれた方が嬉しかった。
 ああ、なんてことしちまったんだ俺は。万一知り合いに見られでもしてたら、もう死ぬしかないじゃないか。

 

 人生最大級の恥辱に赤面することこの上ない俺は、
 いつだかのように固まって動かない長門を引っ張って、逃げるように図書館を後にした。

 
 

 帰り道。
 しばらく黙っていた長門がようやく声を発する。
「……なぜ?」
 どれに対しての何故なのかわからない。
 急に現れたことか?
 お前を忘れていたことか?
 それともキスしたことか?
「どうして、わたしを覚えているの?」
 やっぱりそっちですか。っていうかさっきキスしたことについてはノータッチですか長門さん。
「どうすればお前を忘れられるんだ。むしろ今まで忘れていたことの方が不思議だぞ」
「あなたが思い出すはずがない」
 キッパリと否定する長門。
 でも俺は思い出した。事実、今も長門との思い出はちゃんと残っている。
「どうせまた、ハルヒの力か、お前の親玉あたりの仕業じゃないのか?」
「ありえない。涼宮ハルヒの力は既にない。情報統合思念体はこの星に関わることはない。過去のわたしの情報はあなたたちからも完全に抹消されたはず」
 そうは言ってもな。思い出したんだからいいじゃないか。
 そんなに否定されると、俺に思い出されたくなかったみたいで悲しいぞ。
「じゃあ、奇跡ってことでいいんじゃないか?」
 という俺の投げやりな返事に、
「あなたは非日常に慣れ過ぎているだけ。事の重大さを理解していない」
 ほんの少し、非難の意思を込めて俺を睨む長門。なんだ、そういう表情も出来るようになったのか。
 だが次の瞬間、長門の表情がふっと和らいだ。
「でも、今はそういうことにしておいても、いいかもしれない」

 
 

 ふと思う。
 この一年とちょっとの間、長門はどんな風に過ごしてきたのか。
 誰も自分を覚えていない世界で、何を思ったのだろうか。
 俺も似たような世界に飛ばされたことがあるからな。興味がある。
「なぁ、長門」
「……」
「寂しくなかったか?」
 長門は足を止め、少しだけうつむいた。
 その眼に浮かんだ色を見て、俺は後悔する。
「寂しかった」
 そうだよな。何を当たり前の事を聞いたんだ俺は。
 長門は言葉を続ける。
「会いたかった」
 今度は俺が無言。
「朝比奈みくるに、古泉一樹に、涼宮ハルヒに。そして誰よりも、あなたに」
 淡々とした言葉に、罪悪感がわきあがる。
 俺がのうのうと過ごした数月の間、長門はひとりぼっちだったんだ。
「……ごめんな、長門」
 長門は顔を上げ、今度はこちらを向いて、
「だいじょうぶ、今は寂しくない。あなたが思い出してくれたから……それと」
 ん、なんだ?
「キス、うれしかった」
 なっ…
「ありがとう」
 そう言うと、長門は俺の小指をそっと掴んだ。
 やんわりとした感触を小指に感じる。ちょっとこそばゆい。
 ―――まったく。手の繋ぎ方も知らないのか?

 

 手を握り返してやる。
 長門の手は柔らかくて、少しひんやりとしていた。
 恥ずかしくて長門の顔は見れなかった。でも、微笑んでいて欲しい、なんてことを俺は思った。

 
 

 それからのことを少し話そう。

 

 俺としては、長門が人間として暮らしていけるのか不安だったのだが、どうやら人間としての生活に困ることはないらしい。
 情報統合思念体が施した最後の情報操作とやらで、住んでいたマンションをそのまま持家として使えるようになったらしいし、生活資金も有機生命体が一生暮らせる程の金額が一括支給されたんだとか。
 不慮の事故で亡くなった大富豪の身寄りのない一人娘という設定らしい。
 当然、長門には大富豪の親などいないし、顔も名前も知らない。でも、戸籍やなんかもそうなってるらしいから、法律上は間違いないのだろう。

 

 ずいぶんと都合のいい話である。正直ちょっと羨ましい。
 これらの優遇措置は全て、長門の今までの功績によるものらしい。
 そこまでやるなら記憶くらい残してくれてもいいじゃないかと思うのだが――
 ――まぁ、結果的に思い出したんだからいいか。

 

 結局のところ、なぜ俺達が長門を思い出したのかは未だ謎のままだ。
 ハルヒや古泉、その他の奴らもいつの間にか思い出していた。
 以下は、あの後俺の家にて行われたクリスマスパーティ兼長門歓迎会の様子である。

 

「なんで今の今まで有希のこと忘れちゃってたんだろ??」
「まったくだ、長門をハブにするとは団長にあるまじき行為だな」
「な、あんただって忘れてたじゃないのよ馬鹿キョン!!」
「おが!痛ってえな、何しやがる!」
「まぁまぁ二人とも、せっかくこうしてまた会えたのですから…」
「ふん!だいたい何よあんたたちったら仲良く手つないできてさぁ…」
「……それは、嫉妬?」
「ち、違うわよ!何言ってんのよ有希!」
「涼宮さん、なんなら僕らも手を繋ぎますか?」
「古泉、自重しろ」

 

 ちなみに、今回は残念ながら無理だったが、年末年始は朝比奈さんも来てくれるらしい。
 ハルヒのことだから、きっと俺達を初詣に連れまわす。3人娘の晴れ着姿を楽しみにしておこう。

 

 そう言えば、長門はこれからどうするのだろう。
 大学進学なんて、こいつにとっては朝飯前だろう。サクっと東大に受かってしまっても全く驚かない。
 ――長門もハルヒ達と同じとこに行ったらさすがに寂しいかも知れん。
 まぁ、先のことを考えると鬼が笑うと言うし、長門自身がゆっくり決めて行けばいいんだろう。

 

 そうそう、あれから長門とまた図書館にいく羽目になった。
 あんなことがあった訳だし、恥ずかしさもあって、俺は正直行きたくなかった。
 しかし、長門があのとき本を借りれなかったのは俺の責任でもある。
 妥協策として「図書館前で待ってる」案も提出したが、長門の無言攻撃&視線攻撃の前にあえなく却下となった。
 それに、使えなくなったカードの代わりに新しいのを作ってやらなきゃいけないしな。

 

 まぁいいさ。どこにでも付いて行ってやるよ。
 俺にはこの泣き虫さんを忘れちまってた弱みがあるしな。

 

「あなたも泣き虫」

 

 ………
 ちょっと待て、なんでそれを知ってるんだ。
 ハルヒに聞いたのか?
 おい、長門!

 
 

 

あとがき

 

 
「じゃあまたな、長門」
 パーティの後、玄関まで送ってくれた彼に別れを告げる。
 一人になるのは寂しいけど、今度はまた会える。

 

 マンションに着いたのは夜も更けたころであった。
 さすがに疲れた。でも、久しぶりに皆に会えて楽しかった。

 

 布団を出すのも億劫なほどの疲労感。
 いっそこのままこたつで寝てしまおうか。そう思いこたつ机に目を向ける。

 

 机の上にメッセージカードを見つけた。
 家を出るときには無かったもの。
 何かが書いてあるようだ。
 これは、なに?

 
 
 

【メリークリスマス パパより】

 
 
 

 そういうこと、なのか。

 

 ベランダに繋がる窓を開け、未だ真っ暗な空を眺める。
 満天の星空とまではいかないが、今日は星がよく見える。
 割と都市部に位置するこの辺りでは珍しいこと。

 

 どこか遠くの星に向かって、わたしは呟いた。

 

「ありがとう、お父さん」

 


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Last-modified: 2012-06-17 (日) 03:01:17 (1984d)