作品

概要

作者長門有希に萌えるスレ 有志
作品名SS集1000記念リレー小説『長門とキョンのABC』
カテゴリー長門SS(一般)
保管日2009-01-07 (水) 00:35:23

登場キャラ

キョン登場
キョンの妹不登場
ハルヒ登場
みくる不登場
古泉一樹不登場
鶴屋さん不登場
朝倉涼子登場
喜緑江美里登場
周防九曜不登場
思念体不登場
天蓋領域不登場
阪中不登場
谷口登場
ミヨキチ不登場
佐々木不登場
橘京子不登場

SS

 

[page.01]
 それは、新しい年も始まったばかりの、そう、登校初日のこと。
 午前中でさっさと終わってしまった、ありきたりの校長の台詞に始まる儀式の後。
 ホームルームに入る直前あたりの俺らの教室に、訪問者はやってきた。
 まあ、隣の教室にいるわけだから、訪れるのにはそれほど苦労はしないわけだが。
「………質問がある」
「あら、有希、どうしたの、……なんかあたしには、用事は無いみたいね」
 長門は、教室に入ってきて一直線に俺の席に向かってきており、視線も一切、外れてはいない。
 即ち、俺に用事がある。と言うことなのだろうし、質問がある、と言うのだから、
 何らかの疑問があって、何故かそれを俺に問おうとしているのだろうよ。
 しかし、此処は当然教室で、後ろには頬杖付いたハルヒが睨んでいるわけだ。
 さあ、どうするよ、俺?

 

[page.02]
 何はともあれその質問とやらを聞きださねばなるまい。
「なんだ、長門よ」
「ABCとは、なに?」
 ABC?なんだそりゃ。アルファベットのか?
「先程、わたしは教室でクラスメイトの会話を聞いていた。
 便宜的に生徒甲生徒乙と称することとする。
 生徒甲曰く『やっと昨日Bまでしちゃった』
 生徒乙曰く『甲は進んでるね〜あたしはまだAまでだよ』
 とのこと。わたしの知る限り、アルファベットのABCに記号以外の意味はない。
 だが、彼女たちはそこに何らかの隠喩をしているものと思われる。
 それがなんのことなのか、もしあなたが知っているならば教えてほしい」
 …そのABCはもしかしてあれか。
 俺達高校生男子が憧れるアノ行為のことか。
 つまり、Aはキス、Bは…知っているかといわれれば知っている。
 しかしここで答えるのは非常に難しいと言わざるを得ない。
 ハルヒが後ろで目を光らせているから変なことを言えばとばっちりを食うのは間違いない。
 第一、長門相手にそんなことを口にすること自体、かなり恥ずかしい。
 返答を待つ長門の前でどうしたらいいか悩む俺。
救いの手を差し伸べたのは意外な人物だった。

 

[page.03]
「それならその道のプロの俺が教えてやるぜ!」
 谷口…相変わらずそっち方面の話だと鼻がいいな
というかいきなり出てくるなよ
「何言ってんだよキョン?ここは俺の見せ場だろ?で、だ。 Aというのが…」
「有希、こんな変態の言うことまともに聞いちゃだめよ。そいつアホだから。」
「な、何だよ涼宮。そんな言い方ないだろ!?」
「………」
「ま、まぁいいぜ。長門さん。Aとはな…」キーンコーンカーンコーン
「…チャイムが鳴った。HRが始まるから後で…。」スタスタ
「あ、ちょ、長門さん!?」
 ホッ、助かった。…しかし放課後までに何かいい逃げ道を考えとかないとな…

 

[page.04]
 長門の後姿を見送った、ハルヒが言う。
「なに言ってんのあんた、助かってるわけ無いでしょ。次の休み時間には、有希、確実に、此処に来るわよ」
「じゃあ俺が説明を!! 何なら実演も!!」
 そう言う谷口には、俺とハルヒから一発づつ制裁が加えられ、
「んがっ!?」
 とりあえず、国木田。このバカ野郎が眼を覚ましたら、もう一発、後頭部あたりにきっつーいのを頼むわ。
「これでね」
 ハルヒが、図書館の印のある広辞苑を机から放り出して、国木田に言った。
 
 さて、一時間目は数学の授業なのだが、俺には早速、懸案事項ができてしまった。
 英語の授業であれば、中学一年で早速習う、キラキラ星のメロディに乗せて歌う、あのABC。
 長門にどうやって説明してやるかなあ?
 
 そうだ、まずは、やはり、だよ。順を追って考えるべきだよな?
 そう、まずはA。これをどう説明するべきなのだろうか。

 

[page.05]
 ドラマや漫画の中であれば、それこそあふれるほどの描写がある訳だが、
 しかし実際のところ、一介の冴えない高校生にとって、それを語るのは簡単な問題ではないのである。
 更に言えば、あの長門に伝えなければならないのだ。
 単なる唇同士がくっつくという、味もそっけもないその事実のみ伝わってしまうとも限らない。
 親愛を表す表現であるとか、こう、胸の奥が高鳴って思わずそうせざるを得ない衝動であるとか、
 そんなことがいくら前に比べて感情豊かになってきた長門とはいえ、伝わるんだろうか。
 更にはどうやって伝えるべきなのかを考えて俺が悶絶していると、背中がちくちくしだした。

 

 ハルヒの奴がシャーペンで俺をつついていた。
「有希は読書好きなんだからさ、なんかそういう描写が出ている本渡してこれって言えばいいんじゃないの?」
 そんな簡単に言うけどな、長門が来るのは次の休み時間だぞ?
 都合よくそんなもの手に入るもんか。
「じゃあ、どうするのよ」
 それがすぐわかれば悩んじゃいないだろう。
 ハルヒが口をアヒルの様に尖らせて不満をあらわにした。
 ないものはしょうがないだろう。
 でも手元になくても……。俺はふと思いついた。

 

[page.06]
 そうだ手元にないなら…
「無いなら買いに行けばいいのよ!」
 後ろの席の団長様が代わりに説明してくださった。
「決まりね。今日の団活は本屋巡りにするわ!」
 いつものごとく突然なハルヒの思いつきだが、まぁ今回はいいだろう。
 4人がかりなら、何かいい本も見つかるかもしれない。

 

 次の休み時間。
 ハルヒの予測通り教室にやってきた長門に、
「長門よ、さっきのお前の質問なんだがな、言葉で全てを説明するのは難しいんだ。
 確かに、俺が今ここで"ABC"の定義を説明することは容易い。
 でもそれじゃ長門がその"ABC"を完全に理解できないかもしれない。
 だからさ、今日の放課後、それをうまく表現したような本を俺達が探してやるから、
 それを読んで、長門なりにその"ABC"を理解してほしいと思ってる。それでいいか?」
 と伝える。
 少し悩むように首を傾げる長門。
 この場で言わないことを怪しんでいるのだろうか。
 それでもやがて納得したのか、
「それでいい」
 と言い残し、黙って教室を去って行った。

 

 その時点での俺は、古泉あたりが適当な本を探してくれることを期待しており、
 そうでなくてもハルヒあたりが勝手に見つけてくれるであろうと目論んでいた。
 しかし、事は俺の思うようには進まず、何処かの誰かにとって美味しい展開になってしまう。

 

 ハルヒ自身も忘れていたらしいのだが、今日はハルヒの進路相談の日程だった。
 割と生徒思いで、なおかつ熱心な岡部教諭は進路相談が長引くことで有名であり、
 進路相談に出れば部活の時間には到底間に合わないであろう。
 HR時にこれを知らされたハルヒは当初、
「そんなめんどくさいのに行かなきゃなんないのよ」
 と息巻いていたが、お前がサボれば後日の日程の奴らに迷惑がかかるという俺の説得に耳を貸し、
 しっかり本を見つけることを条件に、今日の団活の不参加を宣言した。
 ハルヒもずいぶん協調性を身につけてくれたものだ。

 

 さてはて、都合の悪いことは重なるものである。
 朝比奈さんは鶴屋さんとお出かけ、古泉は特進クラス名物の特別補講を理由に、それぞれが団活の不参加を表明してきた。
 ハルヒが休みだからって狙いすましてるんじゃないだろうな。

 

 そんなこんなで本日の長門に"ABC"を教えるための本屋巡りは、俺と長門のペアで行うこととなってしまった。
 さて、まずはA…キスか。長門に上手く伝えるための本を探さなきゃならないな。

 

[page.07]
 放課後、駅前まで出た俺と長門は割と大きな本屋にいるわけだが…

 

 正直、困った。

 

 A、つまりキスの描写がある本を探せと言われても、
 そんな本は山ほどあるわけで、その中からどう選べというんだ。
 大体、仮にそういう本が見つかったとしてもだ、BやCはどうするんだ。
 まさか官能小説やエロ本を長門に読ませるわけにもいくまい。
 俺が悩んでいると、後ろから長門の声が飛んできた。
「クラスメイトの言葉から察するに、ABCとは何らかの行為の隠喩だと思われる。
 その行為の概要をあなたが知っているのであれば、言語で説明可能なはず。
 あなたが説明できず、書物でしか理解できない行為が何であるか、とても不思議」
 そりゃそうだな。
 俺がそんなこと言われたって何だそりゃって思うだろうよ。
「そこで提案がある」
「提案、なんだ?」
「言語での説明で理解できない行為ならば、体験すれば理解できるかもしれない」

 

 ――なんですと?

 

 それってつまり俺とキス、そしてBとC、つまりは――
 いや、早まるな、長門は何もわかっていない。
 それを体験するということがどういうことなのかが。
 そのABC自体が長門にはわかっていないのだから当然である。

 

「とりあえず定義だけでも教えてほしい。可能ならば今ここで体験する」
「いや、ちょ、ここでって、それは流石に恥ずかしいぞ」
 焦る俺。流石にこんな公衆の面前で長門と…
「……今のあなたの反応で、ABCとは相手が必要な行為と判断した。
 それも、異性間ですることが可能な行為であり、なおかつ羞恥心を惹起する行為」
 なんたる墓穴。…ダメだ、もう隠しきれん。
 というか長門、そこまで行ったらもう答えもわかりそうなものだが。
「……?」
 見当もつかないといった様子で首を傾げる長門。仕方ない。
「わかった、教えてやる」

 
 

 さて、1時間弱ほど経っただろうか。俺は長門の部屋にいる。
 今すぐ説明しろとせがむ長門だったが、さすがに街中では無理だ。
 誰かに聞かれて気持ちのいい話ではないからな。
 可能なら場所を理由に引き伸ばして、明日の団活でハルヒあたりに丸投げしようと考えていた賢しい俺だったが、
 今や好奇心の塊と化した長門がそれを許すわけもなく、
「わたしの家ならば誰にも聞かれる恐れはない」
 という長門の主張に負け、こういう状況となっているわけだ。

 

 こたつテーブルを挟んで正対する長門が言う。
「続きを」
 あー、お茶くらい出してくれてもいいんじゃないのか?
「はやく」
「……」
 どうやら腹をくくるしかないようだ。

 

[page.08]
「まず、Aという行為の定義をしてほしい」
 長門がなぜか頬を赤くしながら言う。こいつ、ひょっとしてABCの意味を知っているんじゃないか?
「わかった、わかった、しょうがないな」

 

[page.09]
 最初俺はABCに適当な略語を割り当ててお茶を濁そうと考えていたのだがここまで感づかれていてはもはやそれは不可能である。

 

 それにしても長門さん、貴方勘良すぎです。

 

 そういえばAと言えばあれがあったじゃないか。
 正直あれは俺の人生の中で思い出したくない出来事ベスト3には入る出来事だがそれ以外には思いつかないし、なにせ長門の頼みである。
 断れるはずが無い。
 それにそのときそのヒントをくれたのは長門自身なのである(パソコンの画面を通してだったが)。

 

 というわけで俺はなんとかして覚悟を決めると長門に対してこう言った。

 

「う〜ん、そうだなAっていうのはsleeping beautyのことだ。」
「sleeping beauty?」
「そうだ。sleeping beautyだ。」

 
 

[page.10]
「隠喩を隠喩で言われてもわからない。もっとハッキリ言って欲しい」

 

「Aというのはだな、ありていに言ってしまえば唇と唇を重ねることだ。
 Kiss、接吻、口吸いなどと呼ばれ、古来より互いの親愛の情を示す行動の一つだと言われている。」
 いかん、声が裏返る、口が渇く、長門が蜃気楼の向こうにいるように見える。
 これが世に聞く羞恥プレイってやつか。

 

「Aとはキスのこと。了解した」
 わかってくれたか。
 やれやれと胸をなでおろしかけたのも束の間、長門が目をつむり、やや頭を後方に倒している。
 わかったんじゃないのか、長門。おまえだってドラマや映画や・・・いや、SF小説にだってキスくらいあるだろ。
 理解してるんじゃないのか?

 

「唇を重ねる行為だとは理解した。しかし、それはキスの本質じゃないと認識してる」
 鋭い。
 いつもながら長門の考察の的確さには驚かされる。
 まったくその通りで、反論の一つも出来ないのだが、このまま流されるわけにはいけない。
 こういう時に言える唯一のセリフをオレは知っているのだ。

 

「長門、キスってのは好きな人とするものだ。もっと自分を大切にしろ(ニコッ)」
 うっ恥ずい。オレは今、羞恥心という炎で身を焦がされて真っ赤かだ。
 きっと死ぬ間際に思い出しても恥ずかしさで頬が染まってしまうだろう、変なおじいちゃんでごめんね。

 

「わかった。好きな人とする」
 しかし、長門はこの捨て身のセリフをわかってくれたようだ。
 説得が功を為したようでよかった。

 

 長門はまた目を閉じると、軽く唇をつき出した。

 

[page.11]
”あるーはれーたひーのこと〜♪”
 おおっと、電話だ。
「すまん、長門。えーあー、すまんがちょっと待ってくれ」
 ダウン寸前でゴングが鳴った気持ちだ。
 殴った方か殴られた方か、これはまあどっちもある。
『キョン、今なにやってる?』
 なんだ、ハルヒか。
「えーっとだな、長門に例の解説をだな……』
『まさか、有希んちで実体験なんて考えてないでしょうね』
 なんとスルドイ。
「いや、そんなこと無い」
『あ、そう。もし有希になんかしたら、タダじゃすまないわよ(ぶち!)』
 はあ、やれやれ。

 

 切れた電話をたたむと、目の前に長門の顔が会った。
「……つづきを」

 

[page.12]
 くそ、据え膳食わぬは男の恥!やってやらあああ!!!!
"ピンポーン"
 だ、誰だ!?

 

[page.13]
 唐突に鳴らされたインターホン。そして、どこからか漂ってくるおでんの匂い。

 

 ――あいつか……あいつなのか?

 

 脳裏に浮かぶのは、ナイフの切っ先と嘲笑ばかりだった。
 ちっとも笑えない展開に、俺は巻き込まれているのかもしれなかった……。

 

[page.14]
「キョン君、おひさしぶり」
 なんと!
 長門が戸を開けるまでもなく、朝倉が湧いて出た。
 驚くべきことに、谷口を従えてる。
 まさか「Aサクラ」「Bカ」というオチではあるまい。
「……」
 長門が、絶対零度どころか虚数で現すべき用な目で、二人を見ている。
 ヤバい。これはヤバい。
「お二人さん、キスしたいのね? ほら、実演してあげる」
 少し頬を染めた朝倉が、谷口に尖らせた口を出す。
「おいで、涼子」
 おい、谷口。やめろ、そいつは危険だ。
 ……ちゅ。
 だーーーーッ!  
 て、あれ?
 谷口が、萎むように縮んで行く。そして、髪の毛が長くなって、黄緑色に……。
 というわけで、喜緑さんと朝倉が、目の前でキスしてるわけで。
「りょーこちゃん(にこ)ちょっと、外にいらっしゃい(にこにこ)」
「あーあ、所詮わたしの情報操作なんて……」
「いいから、いらっしゃい」
 首根っこを掴まれた朝倉が、喜緑さんに引きずられて外、おそらくこの三次元空間の外へと消えて行った。
「…………」
 長門は、その一部始終を見届けた後、こちらに向き直った。

 

「……おいで」
 あの……頬が染まってるのは気のせいでしょうか。

 

[page.15]
 そこでもう一度、物の少ない部屋にインターフォン音が鳴り響いた。
 反響が良いせいか、はたまた緊張しているせいか、良く聞こえやがる。
 長門は一度俺を見たあと、俺の主観かもしれないが少しだけ表情を曇らせながら目の前のドアを開いた。
「たびたびすみません、これをお渡しするのを忘れていました」
 そこにはまた喜緑さんが、にこやかな笑顔を向けて立っていた。
 そして床に置いてあった鍋を、長門に押し付けた。
 金色に光る少し大きめの鍋は、蓋の隙間からほんのり湯気を出している。
 美味そうな匂い。先ほどかいだおでんの匂いの元はこれか。
 長門は数ピクセル程首を傾げながらそれを受け取る。

 

「一応朝倉さん特製ですから、味は保証付きですよ」
 確かに味は掛け値なしに美味かった。しかしインターフェース版の朝倉製というその情報は、俺にとってはなんの保証にもなるとも思えなかった。
 思わずうんざりした俺に、喜緑さんは、何の感情も読み取れない笑顔で、
「情報不足を何より瑕疵とするわたくし共ですが、僭越ながら申し上げますと、
 あまり難しく考えずに行動しても良い時というのは、人間にはあるのではないのでしょうか?」
 そんな事を語りかけてきた。

 

 何の事かさっぱりわかりませんよ、喜緑さん。
「このお鍋の中身だって、蓋を取る前に何が入っているかどうか悩んで冷め切ってしまってから
 箸をつけるより、何も考えずに蓋を開けて出来立てを食べたほうが美味しいと思いますよ」
 だから何を比喩しているかわかりませんって。
「言い訳や理屈で並べられた感情よりも、衝動が正しいこともあるってことです。
 さて、それでは帰りますね。お邪魔でしょうから」
 長門は鍋を持ったまま微動だにしない。
 喜緑さんと情報をやりとりしてたりするんだろうか。俺の知らない方法で。
「こんなことを言うなんて、わたしもこの世界に慣らされているってことでしょうか」
 背中しか見えなかったが、去り際喜緑さんはなんだか楽しげにそう言ってドアの外へ消えた。

 

[page.16]
 テーブルの上にはおでん鍋。
 芳しい香りが長門の部屋に充満している。
 冷静になって考えてみれば、なぜ朝倉がいるんだろうかとか、
 割と重要な問題である気もするのだが、
 あいにく、今の俺はそこまで頭が回りそうにもない。

 

「……もう邪魔ははいらない」

 

 俺の目の前に正座し、やや上目遣いで目を閉じる長門。
 ……知らないくせに作法は心得てやがる。

 

 ごくり。

 

 思わず唾を飲み込む。キスは初めてじゃない。
 思い出したくもないが、あの灰色世界でハルヒのやつと…
 あれが俺のファーストキスだった。

 

 だが、あれはハルヒ的にも夢オチってことになったはず。
 そしてここはおそらく正常な世界。
 閉鎖空間でもなければ改変されてもいないはず。
 そして目の前には長門。
 これ以上の状況ってあるか?いや、ない。

 

 でもこれでいいのか?
 長門は俺としてもいいと言ってる。
 でもそれは、長門がキスの重要性を理解してないってことじゃないのか?
 そうだとして、後でそれに気付いた時、後悔するのは長門だ。

 

 俺が心の葛藤と戦っていると、ふと長門が目を開いた。
「……理解した」
 理解?まだキスしてないのに?
「あなたの躊躇から察するに、あなたはわたしとはAをしたくない」
 長門…?
「Aをするのに十分なだけの好意をわたしに持っていないから」
 違う、待ってくれ。そんな顔しないでくれ。
「従って、段階的行為と推測されるB及びCも出来ない」
 畜生、何か言えよ俺、黙ってたら肯定したことになるだろうが!
「あなたに迷惑をかけてしまった……ごめんなさい」
 その言葉を最後に俯いてしまう長門。

 
 

 違うんだ、そうじゃないんだ長門。したくないんじゃないんだ。
 好きじゃないからしないんじゃない。
 長門に後悔してほしくないから、

 

 長門が大切だから――

 

 ――あれ?なんで俺は長門が大切なんだ?
 仲間だから?命を守ってくれたから?本当にそれだけか?
 俺は…

 

[page.17]
 『答え』なんて出ない。
 そもそも『答え』なんて出なくてもとっくに俺のしたいことは決まっていた。
 ああ、そうか。喜緑さんが言っていたことはこのことかと、納得が言った。
 案ずるより産むが安しとは良く言ったものだと、長門の両肩を掴みながらそんなことを思った。
 長門は少し、ほんの少しだが驚いたような目をし、俺を見つめた。
 俺も見つめ返す。そうだ。俺は長門が大切だからと行動に移すことを躊躇っていた。
 だが、本当にそれだけか?
 俺は今のこの関係が壊れてしまうことを心の何処かで恐れていたんじゃないのか?
 だから長門の為だと、長門が大切だからと逃げて逃げて、『答え』を出すのを怖がって恐れて、だったらこのままで良いと保身に走っていたんじゃないのか?
「なあ、長門。Aがキスだということは説明したよな。
 そしてキスは本当に好きな人とすることだとも言った。
 それでも、長門は俺とAをしたいってことは、つまりそういうことで、いいのか?」
 ああ、ここまで来て俺はまだ自分が傷つくことを恐れている。
 こんな質問は長門を苦しめるだけだとわかっているのに、確かめずにはいられない。
 長門は俺をどう思っているのか。知るのは、少し恐ろしい。
「…………まず断っておく。
 私には有機生命体の感情と言うものが未だに良く理解できていない。
 だから、私が今持っている感情が、あなたの言う『そういうこと』に該当するのか断言が出来ない。
 けれど、私はあなたとAをする事は嫌ではない。
 言い換えるならば、あなたとでなければAをしたくない、と思っている。
 他の誰でもない、あなたと。私という個体はそう望んでいる。
 これは『そういうこと』? 私には良くわからない。
 わからないけれど、喜緑江美里は言っていた。
 考えるよりも行動する方が良い時もあると。だから、私は――」
 長門の言葉を聞きながら、俺は酷な質問をしてしまったんだなと、後悔していた。
 けれど、俺は長門の『答え』を聞けて良かった。嬉しかった。
 さっき喜緑さんが言っていたのは俺に対してではなく、本当は長門に対して言っていたのだろう。
 つまりは、そういうことだったのだろう。
 まったくお節介な宇宙人達だ。思わず気が抜けたような笑みをしてしまう。
 はてさて、長門が『答え』を出した以上俺も『答え』を出さなくちゃな。
 もう俺は逃げないさ。そして『答え』を出すべく俺は乾いた唇を開いた。

 

<分岐>
情報統合思念体ルート→SS集/1001へ
長門×キョンルート→そのまま

 

[page.18]
 宇宙の彼方で情報生命体達による争いが始まろうとしていた頃、
 銀河の片隅の惑星のとある国家のとある都市のマンションで、
 ある男子高校生がある女子高校生をみつめ、何かを語りかけていた。

 

「なあ長門。自慢じゃないがな、俺は北高の誰よりもお前のことを知ってる自信がある。
 俺の中の長門有希はな、物静かで落ち着いていて、いつも本を読んでいて、
 いざというときは誰よりも頼りになって、誰よりも優しくて、見かけによらず負けず嫌いで大食いで… 
 お前は無表情、無感情で通ってるみたいだが、本当はそうじゃないことだって俺は知ってる。
 ただちょっと不器用で、自分の感情を表に出すのが苦手なだけなんだ。
 お前は人間の感情を理解できないんじゃない。ちゃんと理解してるんだ。
 感情ってものを理解できるから戸惑って、理解できるから悩んでいるんだ」
 長門は黙ってじっと俺を見つめる。
 どんな石をどれだけ磨いてもこの深みは出ないだろう。
 俺は話続ける。
「俺も同じだ。何に対してだってそうだ。
 興味がないふりしてみたり、気付かないふりしてみたり、
 お前とはちょっと違う方法で、自分の本音を隠してきたんだ。
 適当に作った感情で表面だけ取り繕って、な。
 だからお前の気持ちも少しはわかる。
 怖いんだよな?その気持ちが自分の感情だって認めることが。
 認めさえしなければ今までのままでいれる。居心地がいい世界にいれる。
 だから、俺は無関心、お前は無感情の仮面を被って、自分の本心から逃げているんだ」
 長門の射るような目。
 いつもの俺なら目をそらしてしまったかもしれない。
 でも今度こそは逸らさない。
 長門から目をそらすことは、自分から逃げるのと同じだ。
「学校で俺が言ったこと、覚えてるか?
 AもBもCも、言葉だけじゃうまく伝えられないって。
 あれはごまかしじゃなくて、本当のことなんだ。
 だから、行動を持って、体験を持ってお前に教えてやる。
 俺も長門と同じだ。他の誰でもないお前と――」

 

「好きだ、長門」

 

 そして俺達は唇を重ねた。

 

[page.19]
 要らないことは思い出さないように。
 自分の想いに正直になろう、と勤めた。
 だから、肩を抱く手にも、少し力が、……入ったかもしれない。 

 

 今はただ、その感触に俺は、身を委ねよう、と。
 
「………ん…」
 声が漏れる。頬に息がかかる。体温が、……想いが、伝わる。
 
 ああ、解ったよ。全部知っていたんだ、おまえは。そりゃそうだ、おまえがこの世界に知らないモノなど無かろうよ。
 だけど、さ、言い始めるタイミングくらいは、把握しようぜ。……次から、で良いからさ。
 
 肩にかけていた手を、下に滑らせ、肩だけじゃなくて身体を抱く。
 柔らかく暖かい、その細い体躯を胸に引き寄せ、成り行くがままに体が、触れ合って行く。
 つま先から頭まで、合わせあいたい。
 いつの間にか俺たちは立ち上がって、抱きしめあっていた。
 
 禁忌かも知れない、そう思って閉じていた眼を薄く開けて見れば、長門も同じように、薄い目で見ていた。
 俺の視線に気が付いたのか。二回、三回と瞬きをして、また、眼を閉じる。だから、俺もそうしよう、と。

 

 最も強く合わさっていた場所を分かち、また、合わせしているうち、時だけが過ぎて行く。
 どれだけ、こうしていただろうか。
 いつしか、視野も定まらない距離の中で、俺らは見つめ合っていた。
 
「……わかった」
 そうか、解ったのか。

 

 そうだなぁ、少し、いや、だいぶ、いやいや正直になれ、相当、寂しい感じもするが。
 長門は、解ってくれたようである。
 
 どうだろう、実践してみれば、少しくらいは俺が、逃げ惑っていた意味も解ってもらえたのだろうかね。

 

[page.20]
 目の前以上の近距離にいる長門が口を開く。
 言葉とともに長門の吐息を感じる。
「いくじなし」
 う、やっぱりお前もそう思うか長門よ。まぁ情けない男だろうな。
 こんなちっこい女の子相手にキスするのが怖くて逃げ回っていたんだから。
「あなたも……わたしも」
 そう言うと長門は―――

 

 ―――微笑んだ。

 

 それは満面の笑み、とまではいかなかったが長門は間違いなく微笑んでいた。
 何もかもが変わっちまったインチキな世界じゃなく、俺の世界で、俺の長門が笑った。

 

 今日1日だけでずいぶん苦労させられた。
 いきなり教室に現れたと思えばABCとは何かなんてことを聞かれ、
 谷口のアホをあしらっているうちに本屋に行くことになり、
 成り行きで二人きりになり、何故か長門の家に来て、
 いなくなったはずの朝倉がやってきて、喜緑さんに励まされて。
 そして、この最高に可愛い宇宙人とキスをして。
 これからこのことがハルヒに知られたらもっと大変なことになるだろう。
 だがそんなことはもはやどうでもいい。
 むしろお釣りがくるってもんだ。

 

 このぎこちなくて、それでいて一生懸命な笑みを見れたんだからな。

 
 
 

 さて、ずいぶん大きな一歩を踏み出した気になっていたものの、実際のところ問題は半分も解決していない。
 なんせ、残りのBとCをどう長門に説明するかという問題が丸々残っているのだ。
それに実を言うと、Aがキスということは知っていても、BとCに関しては俺も詳しくは知らない。
 18歳未満お断りな内容、ってことだけはわかっているのだが。

 

 こればかりは今すぐ実体験に移るわけにもいかないだろうし、物事には順序というものがある。
 俺だって覚えてるんだぜ? あの灰色空間での、長門から俺へのメッセージ。
 とりあえず、まずはそこら辺から片付けていこうかと思っている。
 逃げるわけじゃないからな。急ぐ必要は無いと思っているだけだ。

 

 あとは「有希になんかしたらタダじゃすまない」と宣言していたハルヒに、
 長門がAを理解したことをどう伝えればいいのか考えるという難題も残っている。

 

 さらに言えば、キスをした俺と長門の関係がこれからどうなるのかすら今のところ不明である。
 なんせ、不器用さでは宇宙人と地球人の代表になれるであろう俺達だから、な。

 

 だが、それらのことは些末な問題に過ぎない。なぜかって?

 
 

 俺の腕の中に、何回もキスをねだってくる小さな宇宙人がいるからだ。

 

Fin.

 
 
 

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長門有希に萌えるスレ 160冊目

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挿絵1
挿絵2
 



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